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2025年3月29日

いつ死んでも後悔しないように、
今を信仰によって生き抜いて行く事

ヨハネの黙示録 10:1~4、8~11 


(起) 黙示録10章の「小さな巻物」の記事から、私の魂を主の御手に委ねますという心を持って、

「いつ死んでも後悔しないように、今を信仰によって生き抜いて行く事」を学んで行きたいと思います。


 まず、心臓の弁の仕組みを通して、全能主の存在の確かさを見ていきたいと思います。弁は心臓の中では

目立たない器官ですが、これがないと心臓は全く機能を果たせません。弁は、心室の入口と出口にあり、

心室に血液をため込み、そして送り出す時に逆流を防ぐ役割をしています。心臓は毎日10万回拍動し、

8トンもの血液を送り出しています。その圧力は凄まじく、仮にそのまま体外に噴き出すと、その高さは

1.6mにもなる程です(血圧120mmHg時)。その勢いを受け止めて、逆流を防ぐには、かなり

丈夫でなければなりません。しかも、1日10万回もの拍動に合わせて素早く動かせるよう、しなやかで

軽くなければなりません。それを両立するための仕組みが弁にはあります。まず、弁そのもの((べん)(よう))は、

透けて見えるほど薄くできています。そして、その先には腱索(けんさく)という筋が何十本もついていて、

弁が圧力に負けないように引っ張っているのです。しかし、引っ張りすぎて逆に弁が開く事のないように、

すべての長さが絶妙に調整されています。たった数本切れただけで、弁が開いたままの病気になってしまう

程です。さらに弁の開閉に合わせて、弁の口((べん)(りん))の大きさも成長と共に変化します。大きく

なったりしぼんだりして、(べん)(よう)が余裕をもって開閉できるようにしているのです。このように弁の

組織は周りと連携して働くからこそ、弁は薄くて軽くても、丈夫でしなやかに動きを続ける事ができるの

です。さらに、生まれた時から大人になるまでの間も、その成長に合わせて、機能を保ったまま、最適な

サイズを維持し続けているのです。こうして心臓は血液を送り出す働きを1日10万回、一生でなんと

30億回以上も開閉を続ける事が出来るのは驚きです。これは、生まれた時から全体の機能を考えて、

システムを予めプログラムして組み込んで下さったサムシング・グレイトといわれる御方がいないと

出来ません。命は、初めからすべての状況を考えて創られていないと、死んでしまいます。このサムシング

・グレイトという御方こそ、人知をはるかに超えた創造主であり、その御方が「御旨のままに、器官を

それぞれの身体に備えられ・・・身体に調和をお与えになったのです」
と聖書は紹介しています。この

御方こそ、万軍の主なる、全能主であるヤハウェなのです。


(承)さて、この全能主は、時至って「生きている者と死んだ者」の裁きを行われる方であると、黙示録に

記されています。そこで黙示録の10章に入ると、突然小さな巻物の記事が出てきます。ヨハネがその巻物を

受け取って食べると、「口には甘く、腹には苦かった」と書いてあります。これは一体どういう意味なのかを

考えて行きますと、「光の天使を装ったサタン、獣の事について言及している」という事が見えてきました。

それは、どういう事かと申しますと、まず、獣が現れるまでの前半の3年半は、地上には良い事は起こりま

せん。8章では、まず大地震が起こり、その後、地は焼け海は血になり川の水は苦くなり太陽・月

・星は暗くなり
、私達は住む所を失ってしまいます。9章では、いなごの災いが起こり、その後、2億の

騎兵隊によって、人間の3分の1が殺されます
。11章では、前半の3年半の間活動する二人の預言者に

ついて記されております。彼らは地に何度でも思うがままにあらゆる災いをもたらすために遣わされます

(11:5~6)このように、患難時代の前半に起こってくる内容は、私達にとって苦痛でしかありません。

そんな中で登場するのが666です。この獣は、まず災害で地を打つ力を持つ二人の預言者を殺します。

すると、地に住む人々は、二人の預言者が獣によって殺されたのを見て互いに喜び安堵します。そして、

混乱した世の中を治めて行こうとする獣は、売る事や買う事を制限し、困難な時代の中にあって、食糧を

皆に平等に配分したり、エネルギーを公平に引き渡すように、彼の権威で取り計らいます。そして、手には

獣の印として666の印を押させます。彼は、あらゆる奇跡しるし不思議を行い、そして、すべて

神と呼ばれたり
拝まれたりするものに敵対して高ぶり世界を統一するように計らって全能主の宮の

中で自ら神のように座して
自分を神だと宣言します(第Ⅱテサロニケ2:4)。それは、ある意味で

患難時代の救世主として現れるのです。多くの人々は、「この人だったら助けてくれる。唯一の望みは

この獣だ」と思って、光の天使を装った獣に従い、悪魔の思いのままに引き込まれていきます。すると、

世界は彼に飲み込まれてしまいます。これが、「口には甘く、腹には苦い」という巻物の内容なのです。


(転)では、そのような時代の中で、私達クリスチャンはどのように生きて行けば良いのでしょうか。

それは、ステパノのように、「私の魂を主の御手に委ねます」という心を持って生きて行く事です。

しかし、これを言えるのは、既に、今からそういう生き方をしている者だけです。その時になって「私の

魂を主の御手に委ねます」と言おうと思っても
、いざ迫害を受け、獣に殺されそうな状況になると、

恐ろしさと不安の中でパニックになり、「何とか助かりたい。この苦しみから逃れたい」という気持ちに

なってしまうのが人間です。ですから、初めから「私の魂を主の御手に委ねます」という心を持っていた

者だけが、「全能主の戒めを守り、イエスを信じ仰ぐ心を持ち続ける者達がいる。ここに、聖徒の忍耐が

ある」(黙示録14:12)と書かれている「勝利を得る者」なのです。ですから、私達の意識は「今が

大切です」。即ち、「いつ死んでも後悔しないように、今を信仰によって生き抜く」という、「十字架を

負って主に従って行く信仰の一本道」
を通して行くことです。


(結)ですから、私達は既に、今が患難時代だと思っていてもいい位です。実際に、私達が生まれた

時からこの世界は戦争と自然災害ばかりが続いています。また、私達の肉もまだ完全に贖われている

訳ではありません。その贖いの完成は、イエス様が再臨されたときに、私達が皆変えられ「私たちの

卑しいからだを、御自身の栄光のからだと全く同じ姿に変えて下さいます」(ピリピ3:21)


という時まで待たなければなりません。ですから、この地上にいる間は、困難があって当然です。

いつも苦しみがあり、思い通りにならないのは当たり前のことです。ですから、私達にとっての

本当の幸いは、罪が贖われ、死も涙もない新しい天と地の世界に導き入れられた時です。その約束を、

私達はイエス様の血潮によって得ました。後は、これからやって来る患難の中で「勝利を得る者」

となる事だけです。それが、黙示録に記されたイエス様からのメッセージです。どうか、「私の魂を

主の御手に委ねます」
という心を持って、「いつ死んでも後悔しないように、今を信仰によって

生き抜いて行こう」
ではありませんか。


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