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2021年1月24日
考えを入れ替える

ルカの福音書15:3~32


(起)「考えを入れ替えることの実践は、自分の考えを止めて、相手が言わんとする事を聞く

ことから始まる」ということを学びたいと思います。



(承) さて、ルカ福音書の15章には三つの譬え話が記されていますが、
この三つの譬え話を

通して語られていることは全部同じで、「罪人が一人でも
考えを入れ替えるなら、大きな喜びが

天にわき起こる」ということです。
だから、私たちも考えを入れ替えると言うことがとても重要な

ことです。



(転)では、この「考えを入れ替える」とはどういうことでしょうか。それは、自分の考え方を

変える
ということです。私たちはいつも、「自分の考えで決めたい。自分の考えで結果を出し

たい。」という自意識が強く、常に自分の考えを出しています。しかし、それは罪人の考えを

出しているに過ぎませんので、罪人による結果しか出てきません。放蕩息子の場合、自分勝手な

考えで家を出て行きました。しかし、所詮(しょせん)罪人の結果は、放蕩に身を持ち崩すだけでした。

だから、私たちは自分で何でも出来ると思うのは、傲慢です。出来るなら、全能主の御子が身代

わりに立つ必要はありませんでした。だから、私たちクリスチャンは、自分の考えは、罪の影響

から出た自分勝手な魔物の根性だと悟るべきで、この古い考えを入れ替えなければいけません。

すなわち、「自分の考えを止めて、まず聞く」というところから始め出すことです。そして、

「聖書が言わんとすることを聞く。全能主が言わんとすることを聞く。牧師が言わんとすること

を聞く。」そこに意識を向けて行くことです。そうすれば、「聖書と全能主と牧師」が言わんと

することが分かってきます。「自分の考えを止める」ということは、自分の先入観や自分の身勝

手な考えがいつも邪魔していますので、敢えて自分の意識を止めて、自分で「ああだ、こうだ」

と考えるのを止め、
相手の「言わんとすること」を聞く、という意識に変えることです。しかし、

そこで私たちが陥る罠があります。それは、相手が何を言わんとしているのかと、
「自分で考え

ながら聞こうとする」
ことです。この意識は、子供の頃からしています。そこで、一つ(つまづ)くと、

「自分では分からん」という思いが出てきますので、後の話も全部分からなくなるのです。


それは、どこまでも人間はすぐ自分流で考えて、自分の頭で理解しようとするからです。それは、

私たちがいつも自分の都合のいいように聞いて、自分の都合のいいように頭を働かせますので、

聞いたことも結果的に全然違う方向に向かってしまうのです。
それではいつまで経っても話して

いる人の一番言いたい部分を掴むことができません。私たちは、
そこに陥らないために、自分の

考えを一回完全に止めて、相手の話を全部聞くことを始め出すことです。そして相手が言わんと

することだけをずっと聞いてみることです。たとえ途中で疑問に思ったとしても、最後まで聞いて

みるのです。すると、途中で疑問に思ったことも、最後には「そういうことか」と分かってき

ます。だから、聖書には「聞く耳を持つ者は幸いです」とあるのです。例えば、イエス様の時代

に、イエス様が言っている内容を理解した人は一人もいませんでした。それは、「自分にとって

都合の悪いことは、分からない」という意識が働いて、聞こうとしなかったからです。イエス様と

一緒にいた弟子たちでさえ、「イエス様を見捨てて、わたし一人を残すときが来る」と言われた

言葉が理解できず、ただイエス様を「ユダヤ人の王として立つ方だ」という、自分勝手な先入観

を持ち、最後にはイエス様を見捨てて逃げて行きました。もし、弟子たちが身勝手な考えを止め

て、イエス様が言わんとすることを聞く意識を持っていたなら、イエス様が「わたしは命のパン

です」と言われたら、それは「御国に繋がる命だ」と分ったはずです。そして、最終的には、

「イエス様は私たちに命を与えるために死なれたのだ」ということも理解できたはずです。でも、

弟子たちには誰一人それが分かりませんでした。それは、彼らがいつまでも自分の考えに立ち、

イエス様が言わんとすることを掴まなかったからです。



(結)私たちはもうそういう聞き方を続けていてはいけません。考え方を入れ替えて、とにかく

全部聞いて行くことです。私たちの頭はどこまでいっても罪人の頭です。罪人の頭に頼っても、

間違った方向に行くだけです。それは、放蕩息子の譬えでよく分かります。だから、私たちは自分

というものから離れ、全能主の心を掴んで行くことです。これが全能主と繋がる秘訣です。この

秘訣を掴むためには、自分の考えをストップして、全面的に聖書の言わんとする考えを聞き、

自分の考え方から離れ、自分の自意識を止めることを始め出すのです。
そうすれば、私たちは

全能主に対して一心になれるし、そうなれば、全能主は私たちを使って下さるでしょう。どうか、

「考えを入れ替えることの実践は、自分の考えを止めて、相手が言わんとする事を聞くことから

始まる」
ことを悟り、これを始め出して、これまで一生懸命自分で考えなければいけないと思って

いたその考えを改め、新たに始め出して行きましょう。

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