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2017年 NO.610


頭に言い聞かせる祈りの空しさ

人間は、当り前のように自分の知性に頼っているので、自分のすべき決断をいつも頭に

言い聞かせようとします。例えば、祈りの場合にも、いつも自分の反省と決意を頭に

語り掛けて、自分の決断を祈りとして表明しようとします。しかし、時間が経つと、頭に

語り掛けたものが消えて行き、何も変わらない自分に戻って行くのです。こんな空しい祈りを

自分の頭に訴えつつ「何も変わらない自分」を見ては、失望するのです。こうして、クリス

チャンになってから何十年も経っているのに、1つも変わらない自分の惨めさに落胆し、

信仰そのものに疑いを感じ始めるのです。それは、信仰による成長の積み上げが1つもないから

です。


  どうして、いつまでもこんな空しい努力を続けるのでしょうか? 何故こんな空しいクリス

チャン生活を続けるのでしょうか? いったいどこに問題があるのでしょうか?その答えは、

私たちが被造物であるのに、創造主に対して自分の知性に頼って結果を出そうとしているから

です。人間は、自分の知性で理解し、納得しないと、心を動かそうとはしません。しかし、

被造物が絶対主を越えて理解出来るのでしょうか? 私達は創られた者です。だから、

創った方の考えを全て分かる訳がありません。それなら、自分の考えよりも、絶対主の考えに

従うべきです。ペテロは「あなたは絶対主のことを思わないで、人のことを思っている」と、

イエス様に叱られました。私たちがいくら自分の知性を駆使し考えても、所詮罪人の

人間の頭にすぎませんから、イエス様の考えのところまで頭が回らないのです。ペテロは

自分勝手に「イエス様を諫めて、そんなことがあってはなりません」と言った時、イエス様から

「あなたは、わたしの邪魔をする者だ」(マタイ16:22〜23)と言われてしまいました。

 
そこで、私たちは悟りましょう。「私たちは自分の考えに頼って信じて行くのではなく、

絶対主が命の創造主ですから、全て正確な見方と判断が出来る絶対主に頼って行く」ということ

です。絶対主は正しい、だから私たちが知性を駆使する必要はありません。「絶対主はいつも

正しいのですから、絶対主の国と絶対主の義を求めていく」のです。そこに疑問を挟む必要は

ありません。この絶対主が正しいという土台に立って、私たちは考えて行けば良いのです。


だから、絶対主が「こうだ」と言われたら、「ハイ」でいいのです。絶対主が「こうしなさい」

と言われたら、「出来る、出来ない」を考える必要はなく、「そうします」でいいのです。


この悟りを土台にして、「心の努力」を続けて行くのです。人間は、創造主と被造物の

関係です。だから、自分の経験に頼ってはいけません。聖書に「こう書いてあるから、

それでいい」という土台に立つのが正解です。これがあって初めて、教会の一致が生まれます。

人間の知性や経験に頼っていたら、人それぞれの経験と 知性の能力が違いますので、永遠に

一致は生まれません。「絶対主は正しいから従って行きます」と確かな悟りと確信に立ちま

しょう。これが正しい信仰です。


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