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2008年9月21日








『百倍の実を結ぶ教会』




マタイ13章1節〜9節





@ 今朝は、種まきのたとえを、教会に当てはめて考えてみたいと思います。

A さて、このたとえを教会に当てはめた場合、種が「道ばたに落ちた教会」とか、「岩地に

落ちた教会」とか、「いばらの中に落ちた教会」というのは、果たしてどんな教会のこと

でしょうか?

 実は、過去の歴史においては無論のこと、現在でも、特に共産圏においては現実的なことです。

例えば、中国の公認教会では、共産党の監視下にあり、その考えに立ったメッセ−ジをしなけ

ればなりません。これは、御言が蒔かれても、すぐ取り去られてしまう教会です。また、道徳的な

メッセージしか語られていない教会も同じといえます。現実に、今日の教会は50%の教会に、

次期後継者がいないということです。これは、主に献身して働いていこうとする伝道者が少ない

ことを意味します。このことは、牧師が信仰的な魅力を教会員に示すことが出来ないからでは

ないでしょうか。これでは困難や迫害が来るとつまずいてしまい、実を結ぶことは出来ません。

ところが、良い地に落ちた種は、百倍、六十倍、三十倍の実を結んだというのです。一体、

良い地とはどんな地(教会)なのでしょうか。また、結ぶ実の差はどこにあるのでしょうか。

B では、良い地に蒔かれた教会について考えてみましょう。そして、百倍から六十倍、三十倍と

実が減っていくという譬えの意味も考えてみましょう。まず、実を結ぶことの出来なかった原因は

どこにあったのでしょうか。それは、根が無かったり、いばらが伸びて信仰の心をふさいでし

まったところに原因があります。確かに、中高大の学生の時は熱心さを表していても、いざ

卒業して社会に出ると、仕事中心となって「教会よサヨウナラ」という現実があります。

それは、教会が単なる仲良しクラブであって、信仰の確信を持たせずして社会に出てしまったから

です。
また、主を信じてやっていこうとスタートしても、世への心遣いや経済的な問題が起こって

くると、信仰・信仰とキレイごとは言っておられないと、打算的な考えや世を第一とする考えが

入ってくるからです。しかし、主を信頼し、それを貫く心があれば、どんな患難の中に入っても、

簡単には潰されません。信頼するが故に忍耐するということが身についているからです。主は、

「みことばを聞いてそれを悟る人が実を結ぶ。」と言われました。それは、自分の命は創造主に

よって創られたことを知り、その命は主のものですから、主の御心の中に生きることが人生の価値

だと悟った人です。そうすれば、「先ず、神の国とその義を求めて生きる」のは当然のことに

なり、その生き方を貫こうとします。こうした確信を与える教会こそ、良い地に蒔かれた教会

です。ところが、初めは純粋に信頼していても、次第に意気込みが薄れ、信頼感がゆれるに

従って、その実を結ぶ力を失い、百倍から六十倍、三十倍と減ってしまうのです。

これが差となってくるのです。


C 私たちは、百倍の実を結びたいと願ってきた教会です。ですから、さまざまな困難の中に

あっても忍耐して来ました。ですから、主がして下さるという確信があり、初めの信頼を

貫こうとしています。だから、大きなビジョンが与えられたのです。初めの信頼を失わず、実を

結ぶ教会として前に向かって行きましょう。









    


                                        

  
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