教 会 案 内 牧 師 紹 介 定 期 集 会 特 別 集 会
定 期 メ ッセージ  シ ョ ー ト メッセージ 福 音 の 話
行   事 教 会 新 聞 掲 示 板 リ ン ク 事 務 室
 

2005年4月24日


「心を閉じないと決める」

マルコ7章24〜30節



@ 今朝は、ギリシャ人の女の応答から、“心を閉じない”と決めた、その心にこそ価値がある

こと
を学んでいきたいと思います。



A さて、イエス様がツロの地方に行かれたときのことです。外国人の女が、イエス様の所に

やって来ました。そして、悪霊につかれている娘をいやしてほしい、と願い続けたのです。

しかし、その女の願いを拒否されたイエス様は、執拗に求める女のことばに、「そうまで言う

のですか。」と言われ、娘をいやされたのです。実は、この女の応答にこそ、私たちが学ぶべき

霊的真理のポイントがあります。



B では、イエス様を感心させた、この女の心について考えてみましょう。この女は、異邦人で

あり、ユダヤ人からは汚れた民として退けられていました。しかし彼女は、イエス様のうわさ

を聞いて、娘のいやしを求めて、すぐにやって来たのです。それは人間の力ではどうにもなら

ないことを知っていましたから、この方におすがりする以外ない、と期待したからです。


ところがイエス様は、「まず子供たちに満腹させなければなりません。子どもたちのパンを取り

上げて、子犬に投げてやるのはよくないことです。」と言われ、女の求めを拒否されました。子ども

たちとは、イスラエル人のことですから、まず自分の国の人々の解決が先であり、それをないがしろ

にして異邦人のためにすることは出来ない、と言われたのです。この冷たいイエス様のお言葉は、

思いがけないことばだったでしょう。それは、多くの人々を癒され、多くの奇蹟を行われた方は、

自分の娘も当然癒してくださるだろうと、期待していたからです。しかし、このようにあしらわ

れるとは・・・しかも、子犬に譬えられて退けられるのは、ショックでした。期待していただけに、

拒否されたときのショックは大きく、その反動もまた大きいものです。もし彼女が、「何故!」と

心を閉じ、「もういいです!」ときびすを返すなら、それですべてが終わっていたでしょう。

しかし彼女は、「主よ。そのとおりです。」と言って、イエス様の言われることを受け入れ、その上

で「でも、食卓の下の子犬でも、子供たちのパンくずをいただきます。」と願ったのです。彼女は、

子犬に譬えられるような言い方をされても、その心を閉じませんでした。むしろ、さらに心を開い

てへりくだり願ったのです。ですからイエス様は、「そうまで言うのですか。」と言われ、「家に

お帰りなさい。悪霊はあなたの娘から出て行きました。」と、その願い通りにされたのです。


C この娘は、癒されないはずだったのに癒されました。それは、この女が心を閉じなかったから

です。私たちは絶対的主権をもつ神のしもべです。ですから、そのしもべである以上、“心を閉じな

い”と決めて仕えていくのは当然です。自分の都合で開いたり、閉じたりする事は、自分を主権者

としていることであり、開いていないことと同じです。閉じないと決めて従う心こそ、砕かれた

悔いし心なのです。その心を持った者は、主のしもべとして用いていただけるのです。ですから、

この心こそ宝であり、そこに幸いが来るのです。この女のように“心を閉じない”と決めた生き方

を決断していきましょう。

                               
 *メニュー
      * 教 会 案 内
      * 牧 師 紹 介
      * 定 期 集 会
      * 特 別 集 会
      * 定期メッセージ
      * ショートメッセージ
      * 福 音 の 話
      * 行       事
      * 教 会 新 聞
      * 掲  示  板
      * リ  ン  ク
      * 事  務  室