2026年1月11日
『「恐れないで、ただ信じていなさい」と言われたイエス様を 当然のように信じ、信頼して前に進んでいくこと』
ルカ 8:49~50
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(起) ルカ8章50節「恐れることはない。ただ信じなさい」という御言葉から、「主を信じる者に
働かれる全能主の偉大な力が、如何に素晴らしいものか」を学び、それを全世界に向かって証して行く
ことを学びます。
まず、創造主の存在を「赤血球のリサイクルシステム」から紐解いていきます。リサイクルは、今日の
社会生活には大切な省エネ活動になっています。ところが、私たちの身体は、生まれたときから鉄分の
リサイクル化が当たり前のように行われており、赤血球のリサイクルでは、再利用される鉄分の量が99%
以上あると言われています。一般的に、この社会のリサイクル比率は、多くの素材で50%以下です。
ですから、私たちの社会よりも圧倒的に優れた無駄のないリサイクルが施されています。人体の赤血球は、
毎日2,000億個ほど更新されています。そして、更新する度毎に大量の鉄分が必要とされ、それを
食物で補っていくためには、ほうれん草なら213束、牛レバーなら3kg程度必要とされています。
それを毎日食していくなら、食事は楽しいものではありません。しかし、実際にはこのような食事を
せずとも赤血球の量は維持され、十分な酸素が供給されています。それは、活動を終えた赤血球を白血球が
取り込み、その鉄分が再利用されているからです。工業材料のリサイクルには、大変な労力・場所・機械・
時間・エネルギーが必要です。しかし、赤血球のリサイクルは、人が構築したシステムより圧倒的に
省エネルギー・高精錬で全自動です。人が構築したリサイクルシステムが偶然にできないのなら、
より高度な赤血球のリサイクルシステムも偶然にはできません。そこで、聖書は、はっきりと「全能主は
御旨のままに器官をそれぞれ体に備えられた」(第Ⅰコリント12:18)と告げ、全能主であるヤハウェが
叡智によって各器官を設計され、人間が生きる為に最適な仕組みを造り上げられたと言っているのです。
また、「全能主は大いなることを行って測り知れず、その奇しい御業は数えきれない。」(ヨブ記9:10)
とあるように、赤血球のリサイクルシステムのみならず、人体のあらゆる所に、叡智ある仕組みが施されて
おり、科学では解明できないシステムが存在しているのです。これは実に、全能なる御方の驚くべき御技
です。これによって、全能主の存在が明瞭に認められ、真理を阻む人間には言い訳が立ちません。
(承)さて、私達の命を創って下さった全能の御方がおられる事が分かったら、私達は自分の命を全能主に
お委ねし、お任せして行けば良いのです。そこには、何も思い煩う余地はありません。この事について、
ルカ8章49節以降から学んで行きましょう。会堂管理者のヤイロは、病気で死にかけている自分の娘を
癒して下さるようにと、しきりにイエス様に願いました。ところが、イエス様が家に来られるまでの間に、
「娘は死んでしまった」という知らせが入ったのです。しかし、イエス様は、ヤイロに「恐れることは
ない。ただ信じていなさい。娘は助かります。娘は死んだのではなく、眠っているのです」と言われたの
です。「眠っている」という事は、まだ命があり、生かす事ができるという事です。それが、私達の命を
握っておられる全能主の御考えです。現実に、私達がこの地上で生きている中でも、死を宣告された人が、
息を吹き返すということは起こっています。この「死んだ」ということは、肉体を脱ぎ捨てた時、「死んだ」
と言うのですが、それでも霊と魂は死んでいないのです。即ち、霊魂は肉体が死んでも、私達の肉体から
離れて眠り、甦って全能主の前に出るのです。この少女は、主が「娘よ、起きなさい」と言われた時、
少女の霊が戻って来て、娘は即座に立ち上がったのです。私達の肉体は、土の塵で創られているので、
死んだら塵に帰ります。しかし、霊魂は、全能主から直接与えられた永遠に存在するものですから、
死んでも、なくなりません。そして、その霊魂は火と硫黄の燃える地獄の中で永遠に生きるのか、天の
御国の中で永遠に生きるのかが決まります。本来、人は生まれながらに罪人ですから、地獄に行って
当然な者なのですが、「キリストの贖い」という、たった一つの根拠によって、天の御国に入れられる
幸いが与えられ、その者は新しい御霊の身体を貰って甦るのです。ですから、私達は死んで終わりでは
なく、死んだ後の希望があります。それ故に、イエス様は「恐れる事はない。ただ信じなさい。娘は
助かります」と言われたのです。「恐れるな」という事は、「思い煩うな。もう駄目だ、という意識を
横に置きなさい」という事です。私達が信じている全能主は、これをはっきりと言い切る事ができる御方
です。
(転)それが分かったら、私達は全ての事に於いて、この全能の御方に、掛け値なしに信頼して行くの
です。私達は今、新会堂建設の為に図案を書いていますが、つい自分の頭で計算して、「これは良い、
これは駄目」と決めつけてしまいます。しかし、全能主は、「恐れないで、ただ信じていなさい」と言って
下さるのです。そして、思いがけない方法で道を開き、成し遂げて下さいます。今の会堂が建った時も
そうでした。まず土地の購入に関して、初めは現在の隣りの土地を買いたいと思っていましたが、先に
買われてしまいました。しかし、その後になって、今の場所を買う事になり、結果的には、今の角地の方が
教会には最善の場所でした。資金についても、銀行から融資を受ける際、教会には少しのお金しかありま
せんでしたが、担当してくれた銀行の支店長が「住宅ローンでやりましょう」と提案して下さり、お金を
借りる事ができました。また、返済も助けられました。そして、大工さんも、営業の方が毎日のように私の
所に来て、全部世話をしてくれたのです。その方は教会の為に非常に好意的にやってくれた人です。全ての
面において、主の見えない手によって助けられて、今日があるのです。
(結)こういうわけですから、「恐れないで、ただ信じていなさい」と言われたイエス様を当然のように
信じ、信頼して前に進んで行くのです。私達の地上の生涯は、この全能主に全面的に信頼して生きて行く
事が出来るのです。ですから、クリスチャンとして、「主を信じる者に働かれる全能主の偉大な力が
いかに素晴らしいものか」を味わい、キリストの福音を世界に向かって証して行こうではありませんか。
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