(起) 第Ⅰテモテ3章5節の御言葉から、「私たちが、今為すべきことは、自分の中から魔物を
取り除くことではなく、主に信頼して歩み始めることだ」という真理を学んで行きたいと
思います。
(承)さて、5節を見ますと、「私のこの命令は、きよい心と正しい良心と純真な信仰から
出てくる愛を目標としています」とあります。そこで、クリスチャンは、イエス様を信じたら
「この御言葉どおりに歩んで行こう」とします。しかし、時が経つにつれ、「自分には御言葉
通り実践して行く力はない」と分かり始めます。なぜなら、信じる前と信じた後の自分が何一つ
変わっていないからです。いくら救われたからと言っても、実際には、私たちはイエス様を
信じただけであって、何一つ努力した訳でもなく、ただイエス様の贖いによって罪の借金が全部
帳消しにされて、終わりの時に天に挙げられる者とされた者です。だから、今は何一つ変わって
いません。しかし、信じた時には、確かに心の重荷が取り去られたことは事実でした。だからと
いって、私たちが二度と罪の借金をしない人間になったのか?二度と悪意を持たない人間に
なったのか?というと、そうではありません。なぜかというと、私たちの心の中には、依然
魔物が住んでいるからです。この魔物は、イエス様を信じれば取り去られるものと思って
いましたが、実際はそうではありません。私たちは、「イエス様を信じてもなお、心の中に
魔物を抱えた自分がいる」という悲しい現実があります。パウロさんも1章15節で「私は、
その罪人の頭です」と告白しているように、信じた後でも、罪人に過ぎない自分なのです。
しかし、だからといってその現実をそのまま認めてしまったら、また罪の泥沼の中にはまって
しまい、空しい未信者の世界に立ち戻ってしまうことになります。だから、それが怖くて、
何とかきよい世界に向かって行こうと、もがき苦しんでいるのが、「苦しみチャン」なのです。
(転)ところが、私たちの教会は、そこから一歩先に進んだ教会です。どういうことかと
申しますと、私たちは、「自分の内に潜む魔物に支配されると、大変なことになってしまう」
という経験をさせられました。しかし、その経験の後で、全能主から「主に信頼せよ。主が成し
遂げて下さる」(詩篇37:5)という御言葉を頂いて、「魔物を抱えた罪人に過ぎない人間
だからこそ、自分に頼って生きていくのではなく、『主に信頼していくのだ』と教えられたの
です。そして、この土台に立って、『一つ一つやって行きなさい』」と示されました。実は、
テモテへの手紙でパウロさんが言いたかったのも、この部分なのです。5節に示されている
「きよい心と、正しい良心」というものは、「全能主に信頼する」という所から出てくる心で
あって、決して生まれながらの人間の肉の世界から出てくるものではありません。ですから、
「どこまでも主に信頼しなさい、主が成し遂げてくださる」という信仰に立って、「主の御心を
実現して行こうとする方向に心を向けて行きなさい」と、パウロさんは勧めているのです。
しかし、残念なことに「主に信頼し、主を見上げて行く道」を歩み始めたとしても、私たちの
内にある魔物が消えることはありません。この魔物は、死ぬまで私たちの内に存在し続けるの
です。しかし、私たちにとっては、「この魔物が存在していて丁度」とも言えます。なぜかと
言いますと、救われたと同時に魔物が取り去られていたら、自分は何もしていないのに「良い
人間になった」」と錯覚し、傲慢になってしまうからです。そして、自分の力に頼って行く
ようになり、ルシファーと同じ世界に陥ってしまうからです。ですから、私たちが傲慢に
ならないために、魔物が心の中に潜んでいて丁度だということです。そして、魔物を持った
状態の中にあっても、一生懸命全能主を見上げ、全能主に信頼する道に歩んで行こうとする、
へりくだったクリスチャンを「全能主は蔑まれない」と言われるのです(詩篇51:17)。
私たちの魔物が取り去られるのは、天に挙げられる時です。その証拠に、パウロさんは信じた
後でも、「自分は罪人の頭です」と言ったのです。ですから、地上にあって、クリスチャンが
罪を犯さない人間になると思うのは大間違いです。私たちは、現在も心に魔物を抱え込み
ながら、主に信頼して行く道を選んで行くのです。その為には「悔いし砕かれた心」が必要
です。全能主は、その「悔いし砕かれた心を持ったクリスチャンを決して蔑まない」と言われ
たのです。
(結)こういうわけで、私たちに必要なものは、「心の中に魔物を抱え込んでいる者で
あっても、へりくだって主を見上げ、主に信頼してやって行く心」なのです。その心で歩み
続けて行く中で、全能主は力を与えて下さり、「これから、世の終わりに向けてやって
もらいたいことがあるから、その仕事を任せる」と言って下さるのです。だから、「私たちが、
今為すべきことは、自分の中から魔物を取り除くことではなく、主に信頼して歩み始めること」
です。どうか、この歩みを本気で始め出そうではありませんか。
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