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2020年 NO.713


勝利を得る聖徒の報い


 ヨハネの黙示録に示された、七つの教会に宛てて書かれた手紙の目的は、信仰の戦い

を勇敢に戦い、「勝利を得る者」と成るようにと願って書かれた書物です。

そして、勝利を得たクリスチャンに約束された大いなる報いとは、「聖なる都、新しい

エルサレム」を相続することです(黙21:7)。これは、「小羊の妻なる花嫁(黙21:9)」

になる人々のことです。では、「小羊の花嫁」になる人々とは、どのような聖徒たちの

ことを言うのでしょうか?それは、黙7章9〜17節にある白い衣を身に(まと)っている

人々です。「彼らは大きな患難を通って来た人たち (714)であり、彼らは、絶対主

の御座の前におり、昼も夜もその聖所で絶対主に仕えているのである(715)」と

ありますので、彼らは「患難時代の殉教者(714)」であり、七つの教会に宛てて

書かれた「勝利を得たクリスチャンたち(312)」のことです。すなわち、勝利を

得たクリスチャンたちは、「聖なる都、新しいエルサレム」(217)の中に、小羊の

妻として入るのです。(2129)。このように、黙示録に書かれてあることは、

これからの時代にクリスチャンが患難時代を通って、一人一人が経験していく世界です。

決して患難時代は、他人事ではなく、全てのクリスチャンが通っていく世界です。

ですから、黙示録が書かれたのです。{(ちな)みに、クリスチャンが患難時代の前に

携挙されるという考えは、ディスペイション主義に基づくまやかしであり、スコフィー

ルド(1843〜1921年)・バイブルが出版される以前の使徒時代には()かった

教理です。}なぜなら、携挙は黙示録に記されている獣の出現の後の14章に書いてある

事柄であり、黙示録14章までには、ほとんどのクリスチャンが獣によって殉教してし

まいます。ですから、クリスチャンが携挙(けいきょ)されるのは、患難時代の終わりまで

生き延びて来た人々であり、その人々は主が白い雲の上に乗って来られる14章16節

の時に挙げられて行く人々です。それまでは、勇気を持って信仰を証していく聖徒の

忍耐の時です。だから14章12節には、「ここに、絶対主の戒めを守り、イエスを信じ

る信仰を持ち続ける者たちがいる。ここに、聖徒の忍耐がある。」
とあるのです。

 このように患難時代に入ったら、3年半以内に666の獣が出てきます。そして、ほと

んどのクリスチャンが獣の前で殉教して行くのです(137)。しかし、殉教してキリ

ストを信じる信仰を証した者たちは、その(あと)に待っているすばらしい報いがあり

ます。それは、「勝利を得た者」として、小羊の妻となって聖なる都に入れて頂ける

ことです。なんと、今のクリスチャンたちには、こんな(すご)い特別な特権が用意され

いる時代に生きているのです。その幸いは、なんと「絶対主の幕屋が人と共にあり、

絶対主の御座の前に永遠にいる」という幸い
です。ならば、7年間の患難は、これから

後にもたらされる大いなる恵みに比べたら取るに足りません。「絶対主は私たちに、

この事に適う者として下さいました。そして、絶対主は御霊という手付金を私たちに

下さいました」
(第Uコリント55)。ですから、喜んでマラナ・タ(我らの主よ、来た

りませ 第Tコリント1622)と叫ぼうではありませんか。


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