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2020年8月16日
イエス様の考えと私たちの信仰のズレ

ヨハネの福音書11:17~46


(起)ヨハネ11章のラザロの甦りの箇所から、「イエス様の考えと、私たちの信仰のズレを

正していくことを考え、私たちの魔物の声を封印して、どこまでも全能主にお仕えして行くこと」

を学んで行きたいと思います。



(承) ベタニヤのラザロが病気にかかり、その姉妹たちはイエス様の所に使いを遣わして、

「主よ!来て下さい。あなたが愛しておられる者が、病気にかかっています」と伝えました。

ところが、それを聞かれたイエス様は「この病は死で終るものではありません。この病は、全能主

の栄光のためのものです」と言われ、あえてベテアバラに二日間も留まられ、ユダヤのベタニヤ

に行かれました。すると、ラザロは既に死んで墓に葬られていました。そこで、マルタはイエス様

に「もしあなたがここにいて下さったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに」と言うと、

イエス様は「あなたの兄弟は甦ります」とはっきり言われたのです。しかし、マルタは「終りの日

の甦りの時、彼が甦ることを知っています」と答えて、イエス様がラザロを甦らそうとしておら

れたことに気づけませんでした。
ここに、イエス様とマルタとの間にはズレがありました。

イエス様は「今、ラザロを死から甦らせよう」と考えておられたのに対し、マルタは「終りの時に

甦ることはあっても、死んだ人間が今甦るなんて、あり得ないわ」と考えて、イエス様の言葉を

スルーしてしまったのです。これは、妹のマリヤも、弟子たちも、周りにいた人々も、皆同じで

した。
このズレに対して、イエス様は霊の激しい苛立(いらだ)ちと感情の高ぶりを覚えて墓に行き、

「石を取り除けなさい」と言われました。すると、マルタは「もう四日も経っていますので、臭く

なっております」と言ったので、イエス様はまたも苛立ってマルタに「もし信じるなら全能主の

栄光を見ると、あなたに言ったではありませんか」と言われ、「ラザロよ!出て来なさい。」と

叫ばれました。すると、何とラザロが包帯を巻かれたままの状態で出て来たのです。この時、誰が

「こんなこと起こる」と期待していたでしょうか。

 ですから、ここでは、すごい驚きが起こったのです。しかし、イエス様にとっては、それは初め

から「そうする」と決めておられたことですので、
「もし信じるなら、全能主の栄光を見る」と

いう言葉を信じようとしない人々に対して、主は苛立(いらだ)っておられたのです。
ですから、結果

的には、初めからイエス様の言われたことを素直に聞いて、素直に信じていれば良かったのです。

その時は、たとえ理解出来なくても、イエス様が言われたことを素直に聞いて、信じる心を持って

いたら、主は喜びを持って御わざを行えたでしょう。そして、信じる心を持った人々には、大きな

感動が起ったことでしょう。ですから、イエス様はマルタとマリヤにその信じる心をどれだけ願っ

ておられたことでしょうか。私たちも、
この信仰のズレを正していく必要があります。
なぜなら、

信じるところから、私たちが考えてもみなかった出来事が起こってくるからです。



(転) このことから、今の私たちに必要なことは、たとえその時は理解出来なくても、リーダー

が言われたことを素直に聞いて、素直に従う心です。全能主は、世の終わりの集大成の働きに

私たちを用いたいと考えておられます。そのためには聖霊の満たしが必要ですが、全能主には一つ

の懸念があるのです。それは、「聖霊の満たしを受けた後に、悪霊に使われておかしな方向に

向かってしまう人々がいることです。」その例は、コリント人です。これは、現実に世界中に

たくさんいます。だから、全能主の思いは「もう失敗したくない。悪霊によって計画が妨げられて

しまうことは避けたい」という考えがあるのです。それを避けるために、
「全能主にどこまでも

聞き従って行く」という、(へりくだ)ったしもべの心を求めておられるのです。
働きを始める前に、

「指導者を信頼し、指導者に協力する」という意識で団結すれば、それは悪魔の攻撃に対する

防波堤になります
全能主は、その為に30年前の経験を与えられたのです。全能主は今、私たち

がそうなることを願っておられます。だから、私たちが、自分の思いや自分の考えを封印し、

どこまでも全能主がしようとしておられる事に心を合わせ、「全能主の御心が実現するなら、

自分は泥をかぶっていく」という意識を皆が持てたら、全能主は安心して働きを始め出すことが

出来るでしょう。だから、私たちに必要なことは、指導者に「こうしてほしい」と言われたら、

たとえ理解できなくても、言われた通りやって行く謙った心です。リーダーは、1から10まで

説明しないことも多々あります。だから、理解できないこともあるかもしれません。それでも、

リーダーに対して自分の意見を言って反発するのは間違っています。そんなことをしていたら、

その度事に喧嘩になって、いつまでも一つにまとまらず、働きが始まりません。働きの為には、

一致と信頼が必要です。



(結) 私たちは、どこまでも指導者に信頼し、リーダーに仕えて行く心をはっきりと持たなけ

ればなりません。すなわち、私たちが心を閉じて反発させようとする魔物の声に対して「自分は

その声には従わない。その声を封印する」と決めて、素直に従って行く世界に入るのです。この

決断は、人に言われてするものではなく、クリスチャンが、御霊によってする個人的な信仰の決断

です。そして、この決断は常に現場でしていくものです。悪魔は、私たちの頭の中や心の中だけ

でなく、現場で働くからです。すなわち、日常生活の中で働きます。一瞬「嫌だな」と思ったこと

も、スッと心を変えて「分かりました」と従って行くことは、決断していないと出来ません。

この決断は自分でするものであり、死ぬまで続くものです。どうか、一人一人がこの決断をし、

心を一つにして、全能主の集大成の働きのために、お仕えして行こうではありませんか。

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