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2014年 NO.506





絶対主の権威を身に受ける恐れ


  教会は、絶対主の権威の許にあって、絶対的な真理を語る者です。もしその教会が、

地上的な権威を合わせ持ったとき、全てに対して絶対的な権威を振りかざすこととなります。

その例として、キリスト教がローマ帝国に受け入れられた時、教会は絶対的な権威をローマ

帝国の上に振りかざすものとなりました。そして、ローマカトリックは、地上権力の最大の

支配力を持って、恐ろしい堕落の底に落ちて行ったのです。それは、教皇が神の代弁者となり、

教皇の言葉は神のことばとなって、教皇には誤りがないという暗黒時代に入って行ったから

です。

  ですから、教会が世界に受け入れられた時、「諸刃の剣」を手に入れたことになり、一歩

間違えば恐ろしい サタンの手先となりかねません。このことは、やがてやってくる患難時代

で、全世界的な恐怖政治が666の手によって再現されて行くというこです。ですから、

教会はへり下るために、為政者によって迫害されて行って丁度だったのです。この絶対的な

真理を語る者には、世的な権力は傲慢の罠となっていくからです。ですから、クリスチャン

一人一人が聖霊のバプテスマによって与えられる力は、一歩間違えばルシファーと同じく、

恐ろしい傲慢の中に堕落していく入口ともなるのです。このような訳で、聖霊のバプテスマを

通して力を頂くことは、「砕かれた心」を土台としていなければならないということです。

人間はアダム以来、罪人以外の何者でもありません。それなのに、罪人が僅かばかりの長所を

自らの価値と思い、肉に依り頼む心を大切に隠し持っているなら、そこへ聖霊の力を受けた時、

肉の力にどれだけ活気を与えることになるでしょうか。
実は、私たちの心の隅には、この願望

が潜んでいます。それを絶対主はご存じなのです。だから、私たちは、罪人が罪人であること

を思い知らされ、砕かれた心へと導かれて行く必要があるのです。  

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