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2013年 NO.464




人間の自由意志100%と     

          絶対主の主権100%





 「絶対主は、人をご自分のかたちに、絶対主のかたちに創造された。」(創1:27) 

そこで、絶対主は人に
100%の自由意志を与えました。

ところが、この100%の自由意志は諸刃の剣で、この主権は絶対主との真実な交わりに、

大層役に立つ
ものですが、他方では大罪を犯す危険を伴うものでした。案の定、人は、

自分の意志100%を用いて絶対主の意向に逆いサタンの考え思いを入れて自立

しよう
としたのです。絶対主にとって人に与えた自由意志には、大きなリスクを伴うもの

でもあった
のです。

 しかし、あえて人間に与えることによって、絶対主との真実な交わりを実現させることを

願われた方の本気度は、本物です。決して、強制された交わりではなく、人間の自由意志

に基いて成されていく交わりこそが、本物の交わりであったからです。

絶対主は、本気の交わりを願っておられたからこそ、自分の思い通りに自由意志を使って

来た人間さえ捨て切れず
、その怒りの器を、大いなる憐れみをもってご自分の御子の命と

引きかえにして罪の贖いまでして下さったのです。これだけの父の御心の中にあって、

人は救われてからも、自分の自由意志を自分のために使っています。私たちに求められて

いるのは、この事実を知って「砕かれた心」を持ってへり下ることだけではないで

しょうか。罪人の人間にとって、自分が罪深い汚れた者であることを認めて、ひれ伏すの

は当然のことで、私たちが、絶対主の前に罪人以上でも、それ以下でもない。

これが私たちの事実ですから、100%主権を持つ絶対主の前にひれ伏して、ただ

しもべの姿勢を取って従って行くべきではないでしょうか。





 
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