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2008年6月1日






『油を受けよ!』
                                    




第Tペテロ5章5節〜11節






@ 今朝は、この十数年の間、私たちの教会が受けてきた霊的訓練について考え、

これからの展望について学びたい
と思います。

A さて、私たちの教会が、「空っぽの器に油が満たされる。」というメッセージを頂いて

から、早16年程が経ちました。それ以来、“空っぽの器”になるためのさまざまな取り

扱いと訓練がありました。その中で、「主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。」との

御言に立つようにと導かれ、さらに、Tペテロ5章から、「しばらくの苦しみの後で完全に

し、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださる。」という約束と励ましによって、

ひたむきに歩んで来ました。そして今、ようやく、しばらくの苦しみから解放されて

新しい展開へと前進していく時が来たのです。

B では、これまでの主の取り扱いと訓練について振り返りつつ、主が私たちに求められた

ものは何であったのかを考えてみましょう。これまで、私たちは、主一本で、主のために

生きて行きたいという本音があっても、肉がそれを邪魔する苦い経験を味わってきました。

それは、信仰の本音で生きていこうとすると、周りからの反発やさまざまな軋轢が生じて

来るからです。しかも、御霊のいのちで生きていく力が弱いので、現実には、自分が損を

すると分かったとき、ガチガチになり、ビビってしまい、「信仰の建前だけで、上手に

立ち回り生きていく。」というずるい生き方を身に着けてしまいました。しかし今、自分の

考えや計算に立たず、「主がして下さる。」という一点に目を留め、「どこまでも主に

信頼していくことだ。」と確信させられてきたのです。この心こそ「空っぽの器」です。

というのは、クリスチャンは、信仰の本音で生きて生きたいと願っているのですから、世の

軋轢があっても、あえて主の側に立ち「キリストに信頼せよ。キリストが成し遂げてくだ

さる。」という信仰の生き方を表していくべきだからです。そのためには、この肉の部分が

退けられ、それぞれが御霊のいのちによって信仰に立っていかねばなりません。しばらくの

苦しみは、「この信仰に立つことは正しく、肉は退けていくものだ。」という訓練と確信に

立つためのものでした。それは、多くのクリスチャンが、自分の思い通りにならないと、

へりくだるどころか高慢になって、あえて自分の感情の中に逃げて、妥協することが平気に

なっているからです。私たちは、この弱気な肉を砕いて、へりくだることを求められて来た

のです。そして、この「へりくだりの心こそ、空っぽの器だった。」のです。この10年間

は、この「へりくだりに立つことが正しいんだ。」と堅く信仰に立つために、さまざまの

取り扱いと訓練があったわけです。

C しかし、私たちの肉は死ぬまであり、無くなりません。

ですから、恐れや、ビビル事もあります。しかし、
どこまでも、『主に信頼せよ、

主がして下さる。』という信仰に立っていく、へりくだりの心を学んだ者に、主は言われ

ます。「油を受けよ!」と。今こそ油が満たされるときです。ですから、「聖霊で満たされ

なさい!」と言われた主に向かって、「あなたの御業を始めて下さい!聖霊で満たしてくだ

さい!」と大胆に祈る時が来たのです。今こそ、目を上に上げて大胆に信仰を表していき

ましょう。


    


                                        

  
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