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2007年1月28日




 『神(創造主)の国は』




ルカ17章20節〜37節



@  今朝は、“神(創造主)の国”はどういうものかを考え、学びたいと思います。

A さて、パリサイ人たちはイエスさまに質問しました。「神の国はいつくるのか。」と。それに

対してイエスさまは答えて言われました。「神の国は、人の目で認められるようにして来るもの

ではありません。・・・神の国は、あなたがたのただ中にあるのです。」。これは、パリサイ人や

ユダヤ人にとって期待感にそぐわない返答でした。というのは、彼らにとっての神の国は、ダビデ

の子孫がローマの圧政から開放し、神が治められる地上的な神の国を期待していたからです。

しかも、人々は、イエス様にそれを期待していたのです。私たちも、天の御国=神の国を、目に見える

地上的な千年王国という理解で読んでいましたので、理解しにくいことばでした。


B では、イエス様の言われたお言葉をひもときながら、神の国とはどういう所なのか考えてみま

しょう。1120節で、「わたしが神の指によって悪霊どもを追い出しているのなら、神の国はあなた

がたに来ているのです。」と。2000年前のこの時に、「すでに神の国は来ていた」と言われています。

ということは、目で見て分からなくても、神の国はすでに来ているわけです。
自分たちの知識や悟り

に頼らず、字句通りに理解するなら、神の国というのは、「神の御言が語られ、神の御言が生きて

働いている所」ということになるのではないでしょうか。
“心の中に”とは言われていませんから、

自分たちの感覚的なものではありません。それは、実際の神の働きのただ中にあるということなの

です。なんと感謝な事でしょうか。神の御言が生きて働くとは、聖書に書いてある通りになるという

ことです。確かに今、私たちは、主が働いて下さるが故に、主は生きておられると感謝したり、

信じたり出来ます。私たちの力や、能力には限界があります。しかし、ラクダが針の穴を通ること

さえ可能にされる全能の主が、事を成して下さるからこそ、私たちの能力以上のことをさせ、主の

栄光を拝させて下さるという希望があります。それは、人間の力に頼ってやることではありませ

んから、主が成して下さるという平安の中で味わっていくことが出来るのです。

 
こうして、「主が先立ってやって下さった。」から出来た、ということを味わいます。

それこそが、神の国が、私たちのただ中に実現するということではないでしょうか。



C 私たちは、「主に信頼せよ。主が成し遂げて下さる。」との御言に捉えられてきました。

そして今、その時が来ています。
主は、私たちに今、「わたしが全て、先立って行う。」と言って

下さり、まさにその通りに、いろいろなことが起こって来ています。何故なら、「主が成し遂げて

下さる。」時が始まったからです。私たちに今、必要なのは主への信頼の心だけです。「何々をしな

さい。」と言われたなら、信頼の心で、「そうしていきます。」と素直にやっていけばいいのです。


ですから、神の国が今私たちに来ていることを、教会を上げて証ししていきましょう。今この時が

来ているからです。感謝しましょう。

    



                                        

  
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