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2004年7月11日

                                                            
「神の御霊を受けている!」

Tコリント2章6〜16節

          
                  
@ 私たちクリスチャンの生きる道は、内住する神の御霊に聞き従って行こうとする決断にありま

す。
今朝は、この生き方について学びたいと思います。



A さて、聖書ははっきりと、この世の知恵で神の知恵を悟ることは出来ない、と断言しています。

何故なら、 隠された奥義としての神の知恵は、「目が見たことのないもの、 耳が聞いたことのない

もの、そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。」であり、御霊によって啓示されたものだから

です。ですから、神の知恵は御霊によらなければ、知ることは出来ないのです。クリスチャンは、この

神の知恵を知るための、神の御霊を頂いているのです。御霊を受けている人はキリストの心を持っ

ていますから、神の真理を解き明かされると嬉しくなり、喜ぶのです。 しかし、私たちの中には、

生まれながらの肉の心もあわせ持っていますから、それがまた御霊の声に対して邪魔をするので

す。


                                    きれい
B では、この相対する二つのものを持っている私たちが、信仰一筋という信仰の奇麗事の中に歩ん

でいくためには、どのような心構えが必要なのでしょうか。


まず、神のメッセージは、「御霊によって歩みなさい。」とあります。これは、教会に居る時だけの事では

なく、家庭・仕事場・学校など、日常の生活に対して言われている事です。私たちはともする

と、教会では御霊に教えられ、感動し喜んでいても、家に帰ると、生まれながらの肉の性質を丸出し

にして、ぶつかったりするのです。 私たちには、教会から一歩外に出ると、世の人に合わせて仕事

をしたり、行動したりしてしまう弱さがあるからでしょう。しかし、そこに留まっていては、信仰

一筋で生きていくことは難しいのです。神が私たちをキリストの血によって贖い、御霊を下さった

のは、御霊に従って歩む生き方をするためです。 「御霊に従う者は御霊に属することをひたすら考

えます。」 と言われているように、自分の全生活の中にあって、ひたすら、御霊の考えで歩んでいく

ことを、神は願っておられるのです。
それはまた、私たちの願いでもあります。

 にもかかわらず、私たちの中にそうでない時があるのは、自分自身の意識をボヤッとさせ、自分に

とって都合の良い生き方をしようとしているからです。
ボヤッとした意識でいると、悪魔が肉の

思いを満たすように働いて来ていることさえも、気づけなくなってしまうのです。 そこで、もう

一度、私たちの意識をはっきりさせましょう。神の御心は、いつでも、どんな時にも、「御霊によって

歩みなさい。」なのです。



C 私たちは、「御霊に聞いて行くぞ。」という意識をはっきりさせて行くなら、とくべつな時だけで

なく、いつも御霊の声を聞いて御霊によって歩んでいく事が出来ます。何故なら、
私たちは、いつで

も御霊の声を聞こうと思えば、聞けることを知っているからです。ですから、その決断を、いつも

していけばいいのです。神の御霊を受けたという事は、すごい恵みです。この恵みの中に歩まない

手はありません。私たちクリスチャンの生きる道は、御霊によって生きる事です。
自分の意志によっ

て決断し、その中に生きて行こうではありませんか。


                      

                               

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