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2018年 NO.654 |
誰でもメッセージを聞いて学ぶところはたくさんあると思います。そして、御言が心に響いて 涙を流すこともあるでしょう。しかし、それでも信仰が成長していかないのは何故でしょうか? それは、心に響いたことでも、聞くだけで終わり、それを行動に移す決断がないからです。 多くの場合、自分の心に刺さるメッセージを聞いても、「行動に現していないこと」が多い のです。ただ聞いて心に留めるだけでは、たとえ「その通りだ」と同意したとしても、実際に 教えられたことを行動に現さなければ、信仰は成長しません。聞くだけで終わってしまうのは、 「自分は出来ないと我に留まり」、「自分の恥を 求められるのは嫌だ」と拒否する心が働き、御霊の声によって行動を強く その声を無視し続けて行くことが多いからです。それでは、聖書に語られていることを自分の 経験として味わうことが出来ません。信仰は覗き見ではなく、信仰の当事者とならなければ なりません。 聖書には、「絶対主の全能の力が、私たち信じる者にとって如何に偉大なものであるかを、 あなた方が知ることが出来ますように」とあります(エペソ1:19)。この「信じる者にとって 如何に偉大なものか」とは、聞いたことを勇気を持って踏み出し、行動に現すことによって、 初めて分かってくるのです。たとえ「信じています」と言っても、行動に現さなければ 「信じていない」ことと同じなのです。私たちが、「主よ、主よ」といくら叫んでも、主の 御心に従わなければ、それは空しい信仰であり、死んだ信仰と同じです。私たちの信仰告白 の時も、信じた時に、バプテスマを 受けるという行動を起こしました。「たとえ信じる心は あります」と言っても、もし行いがなかったら、主の役に立つでしょうか(ヤコブ2:14)。 私たちは、信仰は覗き見ではなく、信仰の当事者とならなければなりません。しかし、信じる 心はあっても、行動に現わさない信仰では、主の役に立つことが出来ないままのクリスチャン になってしまいます。どうか、信じる心があるなら、勇気をもって踏み出しましょう。 その行為によって信仰は必ず成長に繋がります。素直な行動によって信仰を現して行こうでは ありませんか。 |
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