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2017年 NO.586 |
私たちが絶対主との交わりを始めるためには、自分の自意識を横に置く必要があります。 横に置けば、絶対主の思い、御心に心を向けることが出来、絶対主の側に立った考えを心に 留めることが出来ます。それは、内住の御霊様の声を聞く時と同じです。内住の御霊様の声を 聞く時は、祈りから始まります。「絶対主なる天のお父様、今から御霊様の声をそのまま聞き ますのでお語り下さい」と、御霊様に心を向けて、聞く心を意識します。すると、当然自意識は 横に置かれ、御霊様が語って下さる言葉に集中し、聞き始めることが出来ます。クリスチャンの 日々の生活は、自分勝手な考えで生きて行くのではなく、「私が今、肉体にあって生きて いるのは、私を愛し、私のために御自身をささげられた絶対主の御子を信じ仰ぐことによって、 生きているのです」(ガラテヤ2:20)とあるように、常にイエス様を信じ、イエス様を 仰ぎ見た時、そこに平安と安心が与えられ、事を行っていくことが出来るのです。これが信じ 仰ぐ「信仰によって生きる」ということです。しかしながら、クリスチャンの多くは、 日常生活は自分の思いで生きて行くのが当り前の事と勘違いし、未信者時代からの肉の自意識の 中で考え、判断して生きています。その自意識は罪の中にある自意識です。だから、 クリスチャンになったなら、これまでの肉の自意識を横に置いて、絶対主を見上げた考えの中で 判断した、「霊的意識の中で生きて行かねばなりません。しかし、自意識が強い人は、 どこまでも、肉の力で信仰生活を送ろうとし、罪人の自分を明け渡して離れることをしないの です。これでは、いつまで経っても、「絶対主を中心とした、絶対主と結びついた生き方」は 分りません。ただ表面では、クリスチャンらしく装い、霊的に考えているように見せかけても、 実際の主の働きはできません。ですから、先週学んだように、「自分の肉の思いを 完全に横に置いて主を見上げる」ことをして下さい。それを実行して、自分がどのような心に なるか体験して下さい。クリスチャンは、パウロさんのように、「絶対主の御子を信じ仰ぐ」 ことによって生きているのですから。信仰を行いで表わして行きましょう。 |
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