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2013年 NO.456 |
『自己主張の塊・ 空っぽの器とは?』
(マルコ10:17〜22) |
永遠の命を求めてきた青年が、イエス様に「何をしたら良いでしょうか」と尋ねました。 主は彼に「あなたの知っている通り、殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな・・・」 と言われました。すると、彼は「それは、小さい時から守っています」と答えました。 この青年が、全てを行っているなら、「何をしたらいいのか」と聞く必要はありません でした。そこで、主は最後に彼に言いました。「あなたに足りないことが1つあります。 あなたの持っている物を全て売って、貧しい人に与えなさい」と。すると彼は、顔を曇ら せ帰っていきました。 この青年が、永遠の命を得る道は、ゴチャゴチャ考えることではなく、「初めから、 開かれた心をもって従っていきます」と言えばよかったのです。人は、僅かばかりの自分 の義を見せつけるために、ゴチャゴチャ言います。しかし、そのプライドを傷つけられ たり、否定されると、見せかけのへり下りは、剥がれ落ち、開き直りと反発が、その顔に 表われて、人への攻撃となって表われてきます。これが、人間の生まれながらの肉です。 では、クリスチャンがその生涯、主に従っていくにはどうすればよいのでしょうか? 自分の感情に捕われて、ゴチャゴチャ考えるのを止めることです。そうすれば、自ずから、 自分のたった1つの願いである「イエス様にあって生きて行きたい」という心だけが出て 来ます。これでいいのです。人がゴチャゴチャ考えれば、自分を守ることしか考えません。 自分の義を立てて、イエス様に従うことはできません。だから、ゴチャゴチャ考えない 「空っぽの器」でいいのです。この自己主張の塊を砕いて、砕かれた心をもって 「そのまま行う心」こそ、永遠の命の近道です。 |
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