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2009年 NO.317 | |||||||||||||
聖書の歴史は、ネヘミヤ以後に活躍した預言者マラキ(BC400年頃)までの記録で 閉じられています。それ以後のユダヤの歴史はあまり知られていません。 しかし、ギリシャ帝国の後、パレスチナは、シリヤのセレウコスとエジプトのプトレマイオスの 支配下に置かれ、プトレマイオス王朝のエジプトの統治下では、比較的に平和を享受し、 プトレマイオス2世の時代に70人訳と呼ばれるギリシャ語聖書(旧約聖書)が翻訳された 程ですが、その後のパレスチナはシリヤのアンティオコス・エピファネス (BC175年〜163年在位)によって支配されると、ユダヤは一気に緊張状態に陥り、 エルサレム神殿は、ゼウス神が祭られ、祭壇には豚がささげられ、割礼と礼拝を禁じ、 聖書を焼きユダヤ人を奴隷として売り、激しい拷問によって信仰を根絶しようとする迫害が、 エピファネスによってもたらされました。 そんな時祭司マッタティヤが立ち上り、その子シモン・マカバイオスの時に、ユダヤ人の独立を 宣言されます。(BC142年)。しかし、BC63年には、ローマの将軍ポンペイウスによって エルサレムは占領され、ユダヤはローマの属州となり、BC40年には、祭司マッタティヤの 家系のハスモン家の引き立てで、ユダヤの将軍になっていたヘロデ(イドマヤの異邦人)が、 ローマの後押しでユダヤの王となってしまいます。そしてイエス様の時代を迎えるのです。 このヘロデは、ユダヤ人に恩を売るため、ネヘミヤの時代に造られていた神殿を修復し、 周囲に新しい石垣を巡らして神殿の領域を2倍に広げました。 そして、その石垣を見上げていた弟子たちに、イエス様は、「この石が崩されずに積まれたまま 残ることはない。」と預言されたとおり、AD70年には、エルサレムの城壁と神殿はローマ軍に よって完全に崩れ去りました。そして、そのエルサレムが今日に至っているのです。 私たちのエルサレム旅行は、神殿の崩されたエルサレムを見に行くのです。 それは、信仰の証しが完全に破壊され、異邦人(アラブ人)に 荒らされたままになっている都です。これから、全能主は、どのようにエルサレムを回復し、 信仰を立て直されるのでしょうか? それは、終末の時に実現するでしょう。 今日のエルサレムには、主の栄光の輝きは全くありません。そこには、ネヘミヤ以来、不信仰に よって主を捨てたユダヤ人の悲しみだけがあるのです。 しかし、イエス様の悲しみの跡は見ることが出来るかも知れません。
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