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2003年 NO.13


『へり下った人』 


                             「彼が目を上げてみると、三人の人が彼に向かって立っていた。

                  彼は、見るなり、・・・地にひれ伏して礼をした。」        (創18:2) 


 アブラハムは、御霊によって「神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。」

と言われています。それは、アブラハムの信仰の土台には、砕かれた我と、へり下った心があったから

です。

  御言に
「神は、砕かれて、へり下った人と共に住む。へり下った人の霊を生かし、砕かれた人の心を

生かすためである。」
(イザヤ57:15)とあります。アブラハムは主と二人の御使いの前にひれ伏

し、自ら給仕して、最上のもてなしをしました。その彼の心底のもてなしに対し、 主は「わたしが

しようとしていることを、彼に隠しておくべきだろうか。」と言われる程、へり下った心を持ってい

たアブラハムを愛され、受け入れられたのです。
この神に受け入れられるへり下りとは、失敗を取り

戻して、自分の格好をつけることではなく、無条件に自分の失敗を認めて、心を砕き、神と人の前に

へり下ることです。
神が求められるいけにえは、「砕かれた魂、砕かれた、悔いた心。」です。 神は

決して失敗をしない信者を求めておられるのではないのです。


 




                                    



     
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