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2003年5月4日 |
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「格好良い生き方」 |
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マルコ14章12〜16節 |
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@ 今朝は、14章全体から、心を開いていく生き方は、格好の良い生き方であることを学びたいと 思います。 A さて、イエス様は、弟子たちを訓練する時、彼らが心を閉じたくなるような事をあえて要求されま す。それは、彼らがどのようにして答えて来るかを見ておられたからです。 例えば、過ぎ越しの食事をする場所についても、弟子たちにとって非常識で失礼だと思われるよう な方法を指示されました。即ち、全く面識のない初対面の人に対して、『過ぎ越しの食事をする、わた しの客間はどこか』と先生が言っておられる、と言いなさいと指示されたのです。 これに対して私たちだったら、身勝手で横柄な言い方だと思い、言われた通りにすることに尻込み してしまいます。しかし弟子たちは、それまでの訓練と多くの体験によって、心を閉じることなく、 その通りに行いました。すると、全てイエス様の言われたとおりであったのです。こうして彼らは、 心を開いて従う祝福を味わったのです。 しかし、心を開いて行おうとする時、いつも順風満帆というわけではありません。心を開いて、かえっ て恥をかく事もあるのです。 |
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B では、心を開いて行った事が、かえって非難される事になってしまった事ついて見てみましょう。 イエス様に、高価なナルド油のはいった石膏のつぼを持って来て、そのつぼを割り、頭に注いだ女が いました。人々は、「香油を無駄にしてもったいない」と憤慨し非難しました。彼女にとっても、「非常識 で恥ずかしいな」という思いはあったことでしょう。それでも、ただ主のために捧げたいという純粋な 開かれた心の故に、人目を気にせずに実行したのです。案の定、人々は受け入れず非難しました。 しかしイエス様は、「そのままにしておきなさい。なぜこの人を困らせるのですか。わたしのために、 りっぱなことをしてくれたのです。」と彼女を受け入れ、良しとされたのです。神に対して純粋に生きて いる者にとって、たとい非難されても、神に心を開いて行なっていくことが喜びとなったのです。 ところが、ここに心を閉じた人物も出てきます。イエス様を裏切ったイスカリオテ・ユダ。それに、 自分の身を守るために十字架刑にしたローマの総督ピラト、そして「たとい全部の者がつまずいて も、私はつまずきません。」と豪語した弟子のペテロです。ペテロは、「あなたがたはみな、つまずきま す。」と言われた主の言葉をへりくだって受け止めることをせず、自分の義と熱心さだけを見せ付け たのです。その結果彼は、イエス様を否定するという恥ずかしい刈り取りをすることとなってしまいま した。 |
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C 私たちは、これまでの聖書の学びと数々の取り扱いによって、自分の考えに立つ事をやめ、 単純に従って行くことを教えられてきました。そして今は、心を開いて従って行くようにと教えられて います。それは、自分を守っていく生き方ではなく、むしろ恥をかくことがあっても、神の前に受け入 れられる格好のいい生き方だからです。 神の前に心を開いてやったことは喜びとなって帰ってくるのです。 |
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