『福音書は、正確に伝承されたものか?』
ローマにおけるキリスト者の迫害は、AD64年、ネロ皇帝から始まりました。
それは、ネロ皇帝がローマの都を大火によって焼き、その嫌疑をそらすために、キリスト者
をローマ放火の罪で捕え、パウロやペテロを殉教に至らせました。
それ以来、デオクレアヌス帝(284〜305年)まで、大迫害が続きました。
そして、その大迫害の約240年間の間、キリスト者の迫害と共に聖書は火で焼かれて
いきました。そんな中で、キリスト者が必死で聖書を写本し、今日まで残してきた写本が
発見されています。その数は、何と5664冊に上ります。そして、コンスタンチヌス帝が、
信教自由の勅令(313年)を出してから、各地に散らばっていた写本がまとめ上げられ、
「50部の聖書」を作るように命令が出されました。そのまとめられた写本の聖書が、
「シナイ写本」、「ヴァチカン写本」、「アレキサンドリヤ写本」として、300年代の
初めに作られた新約聖書として発見されています。そして、現在手にする新約聖書と原本は、
99.5%が一致します。その中で多少の誤記があっても、ギリシャ語の文法のおかげで、
たとえ語順が間違っているように見えても、文章の意味を変えることなく、意味を理解する
ことができます。ですから、今日私たちの手にする聖書は、正確に伝承されたものとして、
イエス・キリストについての最良の記録として読むことができるのです。
シナイ写本は聖書の写本のひとつで冊子本の形状のもの
である。4世紀ごろのものと考えられており、1844年にモーセの
出エジプトにゆかりの深いシナイ山の聖カテリナ修道院で
コンスタンティン・フォン・ティッシェンドルフによって発見された。(wikiより)
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