『創造主の子孫として生きる』
使徒行伝17章22〜31節
@ 「知られざる神」について学ぶと共に、私たちの生き方について考えたいと思います。
A さて、使徒パウロは、アテネに行ったとき、さまざまな偶像の中に、『知られざる神に』と
刻まれた祭壇があるのに気がつきました。そこで彼は、あなた方が『知られざる神に』と言って
拝んでいる方を、私はお知らせしたいのです、と言ってアテネの人々に語り始めました。
「その方とは、この世界と、その中にある一切の万物とを創られた創造主です。
この方は天地の主ですから、手で造られた宮などには、お住みになりません。」と。
B では、「知られざる神」について考えてみましょう。
ギリシャのアテネでは、節度なく何でもかんでも拝んで、あげくの果てには、まだ自分たちが
知らない神がいるかもしれないからと、「知られざる神に」と刻んだ祭壇まで造って拝んで
いました。このことは、アテネだけではなく、どこの国でも、人間が木や石などで造った
神々を拝んでいる姿と同じです。作った像に魂を入れるのも人間です。それなのに、人間が
魂を入れ、自分たちで造った像を拝むのはおかしな事です。なぜ人の造った像を崇め、頭を
下げて仕える必要があるのでしょうか? どこか狂っていませんか?
もし私たちが崇めるとしたら、それは人間以上の方でしょう。その方は、人間に命の息と
万物を与えた方です。私たちは、その方から与えられたものの中で生きているのです。
偶然には秩序はありません。しかし、この方によるもので、何一つデタラメなものは無く、
秩序に満ちています。秩序があるから衛星を飛ばすことも出来ます。また、この地球で私たち
人間が生きていけるのは、生きていけるように環境を整えてくださった方がいるからです。
例えば、地球の両極から磁気が出ており、地球はこの磁気によって覆われています。それは、
太陽の光は、生き物にとって、絶対に必要ですが、同時に太陽からは有害な放射線も届いて
いるのです。その有害な放射能をバリアーしているのが地球磁場です。こうして、この地球に
生物が生きていけるようにされているのです。このように知恵に満ちたデザイナーによって、
万物は創られました。この方こそ、この世界と、その中にある一切の万物とを創られた
創造主です(24節)。又この方は、一人の人間から人類の全ての国民を造り、地の全面に
定住させ、住居の境界線を定められました。ですから私たちは、創造主の内に生き、動き、
存在しているのです。ですから、自分の手で造ったものを、創造主と同じものと考えて拝むのは
間違っています。これまでの私たちは、無知であったため、自分たちが作ったものを拝んで
いました、この無知は、私たち人間が、創造主から離れ、創造主を忘れてしまったからです。
そして、人間は、自分勝手な生き方をしてしまったのです。これを改めなければなりません。
そこで創造主は、この無知な時代を終わらせるために、ご自身の独り子であるイエス様を、
私たちと同じ肉体を持った人の子として遣わされました。それは、私たち人間の罪の代償を
払うためです。イエス様は、本来私たちが払うべき罪の代価を、十字架の苦しみと、その
打ち傷によって払ってくださいました。それによって私たちの罪は赦されたのです。そして、
イエス様が死人の中から甦られたことによって、私たちは、イエス様が創造主の御子だと確信
できるのです。そして、私たちを存在させた方が創造主であることが分かれば、「知られざる
神に」と、偶像を作る必要はありません。
C 私たちは、創造主によって造られた創造主の子孫です。この事が分かってくると、この方に
信頼して従っていけばいいんだ、と安心できます。この事が分からないと、ただ金儲けの人生
となってしまいます。わたしたちの人生は、この方の御心を行い、この方の栄光を現すために
生きるのです。
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