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2005年2月20日


「二面性でシンプルに!」

Uペテロ1章1〜11節


 @  今朝は、私たちクリスチャンの歩みにおいて、あらゆる努力をしていく面と、神に委ねていくと
 
 いう面の二面性という両輪があることを学びたい
と思います。そして、この二面性に立って私たち

 の歩みをシンプルにしていきたいと思います。



 A さて、聖書には、信じてからの歩みについては、いろいろ記されています。

 しかし、実際には、どう歩むべきかアレコレ考えて心配し、平安を失い、悩んでしまいます。

 しかし、たとい心配しても、思い煩って平安を失ってはいけません。なぜなら、神様が常に私たち

 と共に居られ、助けてくださいます。だから、努力して為すべき事をなし、委ねることは大胆に

 委ねていくというのが、信仰者の歩みです。この二面性をはっきり認識していくとき、シンプルな

 歩みができる
のです。


 B では、二面性について考えてみましょう。聖書は語っています。「あなたがたの思い煩いを、

 いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。」私たちは、

 どんな心配事も、自分の力ではどうしようもないときがあります。しかし私たちの神は、天地万物

 を造られた神です。また、全てを見通しておられ、私たちの代わりに心配してくださる神です。

 だから、この神に委ね、任せていけばいいのです。私たちは、この委ねていく信仰が必要です。

 もう一面は、自分がなすべきことはやって行くという努力する行いの面です。 聖書は語っていま

 す。「あなたがたは、あらゆる努力をして、信仰には徳を、特には知識を、知識には自制を、自制には

 忍耐を、忍耐には敬虔を、敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。」と。

 ここで“あらゆる努力をして”と言われています。私たちは子供のころから、努力して頑張ること
 
 を教えられてきました。しかし、個々の能力によって、良い結果を出せる者もいれば、出せなかった

 者もいます。そして、多くの人は努力しても「こんな程度か。」と思ったり、「やってもムダだ。」と

 努力することがイヤになります。それは努力がいつも報われるとは限らないからです。

 しかし、神の救いを受け、神によって歩み始めた者は、過去の自分の成果に捉われず、「神が言われ

 るなら、そのまま聞いて、そのままやっていこう。」と努力を始めるのです。それが神のみ心で、

 神はその心をお喜びになるのです。なぜなら、それこそが神を信じていこうとする心から出た行為

 だからです。また、この生き方こそが、クリスチャンの歩みです。それは
自分の肉の能力に土台を

 置いたものではなく、神を素直に信じて従がって行こうとする行為だからです。私たちは、キリス

 トの救いという新しい土台の上に、新しい建物を建て上げていくのです。ですから、この努力はムダ

 ではないのです。


 C クリスチャンは、努力の面と委ねる面という二面性を持って歩む者とされたのです。

 この努力を信仰によって大胆にしていけば、役に立つ者、実を結ぶ者となっていくのですから、

 このためにエネルギーを使っていきましょう。
 




                               
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