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2004年3月7日

                      
「奉仕に対する心構え

第Uコリント9章1〜15節




@ 今朝は、パウロの内側からあふれ出てくるコリント教会への勧めを通し、奉仕に対する私たちの

心構えについて学びたいと思います。

                                                            ききん
A さて、パウロは、コリントの教会に行く前に、テトスを送ることにしました。それは、飢饉に苦し

むエルサレム教会を支えたいという願いを最初に持ったのはコリントの教会であり、その熱心が

マケドニアの諸教会を刺激し、彼らを奮起させる機会となったからです。マケドニアの人々は、

極度の貧しさの中にありながらも、自分たちも聖徒たちを支える恵みに預かりたいと熱心に願い、

力以上にささげ、惜しみなく施す富となっていたからです。そのマケドニアの人々と一緒にコリント

の教会に行こうとしたパウロは、急に心配になり、テトスを送ることにしたのです。もし、まだ準備

が出来ていないなら、自分たちが恥をかくだけではなく、マケドニアの人々の心をも、くじくことに

なるからです。


B では、パウロがコリントの教会に願っている心について考えてみましょう。

パウロは言います。「この献金を、惜しみながらするのではなく、いやいやながらでもなく、好意に

満ちた贈りものとして、用意しておいて下さい。」
と。それは、前もって準備しておけばいいという

形だけのものではなく、また義務感からでもなく、“真心からのものであってほしい“と願うパウ

ロさんの言葉です。なぜなら、心から出たものでなければ、生きた供え物と成りえず、良き香りとは

ならないからです
。世では、「やるべき事をやればいい、お金だけ出せばいいだろう」と考えてやり

ます。しかし、その考え方は、神の前には通用しません。心の無いものは受け入れられないので

す。神は、ささげられた額ではなく、ささげる者の真心を見られるからです。私たちは、この神に対し

て生きている者であり、心の無い行為は、ないものと同じだからです。真実な行為は、その具体的

な表れになって現れます。もし、いい加減に妥協した中途半端な奉仕であるなら、自分に栄光を

求めても、神に栄光を帰すものにならないからです。たとい自分の能力を超えることであっても、

主に頼って結果を出していこうとするなら、神が結果を出してくださり、神が栄光を表されるので

す。また、その人の信仰も成長していくのです。
パウロは、コリントの教会が、霊で始めたことを肉で

仕上げ、神からの祝福を失うことがないようにとの心遣いから、この手紙を書き、テトスたちを送っ

たのでした。


C コリントの教会は、エルサレムの教会から霊的な贈り物を頂いたのですから、今度は自分たちが

彼らを支えたいと願ったのです。同じように私たちも、神様から救いを頂きました。ですから私たち

も、真実な心を表して行きたいのです。やっていきましょう。
私たちの奉仕、働きは、キリストの福音

に対して従順な心を持っていることの現われなのですから、心を尽くして全うしていきましょう。


                               

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