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2016年 NO.557


 
聞き方に注意しなさい


「罪多くの場合、「聞き方が独り善がり」で、相手が何を言おうとしているのか?また何を

教えようとしているのか? 分かろうとしない聞き方をしています。それは、
聞いたと

しても、聞きながら余所(よそ)(ごと)を考えたり、相手の話の筋をきちんと捕える聞き方を

していないからです。
例えば、メッセージを聞く場合とか、学校の授業で聞く場合も同じ

ですが、ほとんど自分の分ることだけしか聞こうとしないからです。だから、聞いて学んだ

ものが自分の糧になっていかないのです。私たちの教会の場合、「砕かれた悔いし心を

絶対主は軽しめられない」というメッセージを20年以上も聞いて来ました。しかし、

今だに、絶対主が「砕かれた心を軽しめられない」ことを心で味わい、悟った人が何人

いるのでしょうか? 現実は、同じメッセージが毎週繰り返され、いろいろな角度から

教え続けられています。それは、話の意図の全体を理解し、その通り行って自分の糧にして

いないからです。話されていることを「あっそうか」と悟るためには、話を心の中に全部

入れて、その通り行ってみる必要があります。
決して、メッセージの(つま)み食いでは、

語られた内容の実際的体験をすることはできません。
聖書は、「聞く耳のある者は聞きな

さい」と言われています。これは、聞いたことを自分がどう理解するかという問題ではなく、

ただ相手の語る教えに聞く耳を持つかどうかが、まず問われているのです。
クリスチャン

なら、「絶対主のことば」である聖書を全面的に肯定して、全部その通り聞いて行こうと

すべきです。
しかし、多くの場合「自分の理解できる所」とか、「自分の耳に(ここ)()()

もの」とか、自分の興味のあることだけに意識を止めて、他は聞き流して聞いています。

本来の聞き方は、まず全部分ることも、分らないことも心を開いて、心の中に入れること

です。
すると、聞き終った後に、「その通りしてみよう」という思いが出てくるのです。

聖書は、「絶対主のことば」ですから、心に留めるものと留めないものを色好みしては

いけません。絶対主のことばは絶対ですから、全部聞いて行こうとすべきです。それを

しようとするとき、「聞きたくないと思う心を砕いて聞く」のです。すると、絶対主の真意が

分って嬉しくなるのです。これを始めて行きましょう。

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