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2011年1月30日



言いつけ通りにする砕かれた心


ルカ17章5〜10節




  

@ 今朝は、自由意志を用いて「言いつけ通りにしていきます。」と決心し、その中に入る

ことが
「砕かれた心」であり、信仰が増していく秘訣であることを学びたいと思います。

A さて、イエス様は使徒たちに言われました。

「もしあなたがたに、からし種ほどの信仰があったなら、この桑の木に、『根こそぎ海の中に

植われ』と言えば、
言いつけどおりになるのです。と。『根こそぎ海の中に植われ』

―これは宣言であり、命令ですから、このように命じればそのようになる、ということです。

イエス様は、そのようになさいました。同じように、「あなた方も、からし種ほどの信仰が

あればそのようになるのだ。」と言われているのです。

B では、
「からし種ほどの信仰」について考えてみましょう。

からし種は、ほんの小さな種であり、こんな小さいだけの信仰で、何ができるのかな〜と

思ってしまいます。しかし、そのヒントは、18章17節の御言にあります。

ここでイエス様は、「子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、

入ることは出来ません。」と。子どもは親の保護の下にあり、何の力もない者です。

だがここで、共通する点があるのです。
それは、「言いつけられたとおりにする。」という

点です。
桑の木は、命じれば言いつけどおりになります。子どもも、親に言われたら、

言いつけどおりにするからです。

さらに主は言われました。「自分に言いつけられたことをみな、してしまったら、

『私たちは役に立たない僕です。為すべき事をしただけです。』と言いなさい。」と。


即ち、私達もこの僕のように、言いつけられたことをそのまますることを実践していくならば、

桑の木に命じたことは、その通りになるのです。なぜでしょうか?

それは、
言いつけられたことを行う人は、自分も「言いつけたとおりになる」と信じ切れる

からです。ですから、言いつけられたことを、その通りして行くこの砕かれた心を学び、

身につけていくことは、
力強い信仰を身につけていくことになるのです。


今私たちに求められているのは、『言いつけられた通りにする。』という心を、心の中に入れる

ことです。即ち、
私達の側でも、自分の自由意志を100%用いて、「言いつけられたとおりに

して行きます。」と決めて、その中に入って行く事です。
ここで勘違いしてはならない事は、

「入って行く事と、その通りやって行こう、とすることとは違う。」ということです。

なぜなら、入った人は、たとい出来ないと思うようなことでもやっていきます。

ところが、やっていこうとしている人は、出来ることはやっても、出来ないことはやろうと

しないのです。

だから、
「言いつけどおりにする」ということは、その中に入らなければ始まりません。

それは奴隷となることではありません。
自分の自由意志を用いてすることだからです。

しかし、人間はそれを一番嫌います。

しかし、その中に飛び込んでこそ、第一歩が始まるのです。

ザアカイは、100%イエス様の懐に飛び込みました。ですから、自分の財産が無くなるかも

知れないと思われる決心を、躊躇なくすることが出来たのです。

この
入るという第一歩こそ、からし種の信仰への第一歩なのです。

C 私たちの教会は、「聖書に書いてあることは、今日も起こる。」ことを証ししていきたいと

思っています。ですから、そのことを私たちが実際に味わわなければ、言葉だけになって

しまいます。そのためには、「言いつけ通りにする」という砕かれた心を身につけなければ

なりません。そうすれば、
主の言葉通り、言いつければその通りになると言う力強い

クリスチャンとなって、信仰は増していくでしょう。

                                        

  
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