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2008年 NO.246




『救いとは』 
    
  
  

 救いとは、「罪の報いを免れること。」です。救いは、私たちが自分の罪に自覚させられ、

心のとがめを覚えたら、何が何でも救われたいと願うものです。しかし、多くの場合、罪の

自覚は非常に薄いのです。だから、「信じるだけで救われる。」といっても、人々は疑い、

バカにします。それは、罪の恐れを覚えないので、救いの必要性を感じないからです。

ですから、私たちが福音を語ろうとするとき、どうしても必要なことは「御霊が、人々の

魂を激しく揺さぶって下さるように祈ること。」です。この祈りがないと、福音はただの

話しとして終ってしまいます。又、悪魔は、あらゆる方向から、又あらゆる手段で働いて

きますので、蒔かれた種も奪い取られてしまうのです。本当に「罪が分らない。」と言う

人がいるのです。私たちは理解できないことですが、クリスチャンの多くも、罪の自覚が

薄い人がいます。だから信じた後で教会から離れて行くことが簡単に出来るのです。それは

入信する時に、「恵みで救われる。」ということを強調されて入るため、信じてから罪を

指摘されても、罪の悔い改めに心を向けず「恵みなんでしょう!」と安易な方向に向って

いくのです。こんなクリスチャンが多くいたら、患難時代に獣の出現にどう対応していく

のでしょう。自分が罪人だと深い自覚があれば、獣と永遠を共にすることなど考えられない

ことです。今こそ、聖霊様の激しい揺さぶりによって、人々の眠らされた魂が目覚める

ように祈ろうではありませんか!
御霊の働きなくして、真の信仰告白はあり得ないから

です。「キリストは、贖いの代価として、ご自身をお与えになりました。」この福音が

本当に信じられるのは、罪の自覚がはっきりさせられた時です。






                   
              



     
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