『主の手は短いのだろうか!』
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「主の手は短いのだろうか。わたしのことばが実現するかどうかは、今、わかる。」
(民11:23)
イスラエル人が「ああ、肉が食べたい。」と不平不満をつぶやいた時、主は、「あなた方は、1日
や2日や5日や10日や20日だけでなく、1ヶ月も食べ続け、ついには、あなた方の鼻から出て、
吐きけを催すほどになる。」と言われました。すると、モーセは、「男だけでも60万人の民、総数
300万人以上の民が、羊と牛と海の魚を全部集めても、彼らに十分となるでしょうか。」と疑問を
投げかけました。そこで主は、「私の手は短いのだろうか?」と言われて、風を吹かせて、宿営の上に
うずらを運ばれたのです。その数は、何と4㎞四方の面積に90㎝の高さにもなる程の数でした。
民は欲望にかられて、終日終夜、二日間もかけて一人2300?(牛乳パック2300本分)をも
集めに走ったのです。しかし、彼らがその肉を、あきる程食べ、歯の間に肉がはさまり、まだかみ
終らない内に主の怒りによって、死んだのです。そしてその所をギブロテ・ハタアワ(欲望の墓)と
呼ばれました。 そして神は、ご自分をないがしろにする民に、全能の力をどんな方法でも表わす
ことのできる方だと示され、主の手は短くてできないことは1つもないことを明らかにされたのです。
私たちは、主をあなどってはいけません。神は、私たちの必要を、毎日1つ1つ与えて下さる方
です。クリスチャンは、1つ1つ、神様からいただくことで、平安を持って歩んでいきましょう。
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