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2004年 NO.46 | |||||||||||||
エサウは心の中で言った。『父の喪の日が近づいている。その時、弟ヤコブを殺してやろう。』 (創27:41) エサウは、弟ヤコブの命を狙っていました。しかし、神様は父イサクの命を延ばされ、エサウにその たくら 機会を与えませんでした。しかも、エサウの企みをリベカの耳に入れ、ヤコブをリベカの実家へ逃がさせ わるがしこ たのです。神様は、ヤコブのような悪賢い男でも、神の選びの計画の確かさのゆえに、ヤコブを守られた のです。それは「神の賜物(祝福)と召命(選び)とは変わることがありません。」とあるように、 神様の選びは、神の名による誓いと同じで、決して取り消されることはないからです。 しかし、私たちは、その神の選びを自分に適用しようとするとき、自信を失います。なぜなら、自分の意志 の弱さを知っているので、「信じる」とは言ったものの、果して生涯信じ続けていけるだろうかと不安 ごうまん になるからです。確かに、私たちが傲慢になれば、退けられます。しかし悔い改めてへり下るなら、 いつでも、その時から回復されます。なぜなら神の賜物と召しは変わらないからです。 ヤコブのだましの行為の中にも、神様の選びの真実は変わりませんでした。しかし、神様はちゃんと、 もと あざむ ラバンの許で、欺きは人をどんなに傷つけるものかを教えておられます。その取り扱いによってへり下 るなら、神の賜物(祝福)は、変わることがないのです。 私たちも、この神の選びの確かさの中にあります。ですからこの神の真実を知って、自分自身も神に対し て真実な献身と心をもって、主の召して下さった祝福の中で、生涯を全うしていきましょう。 |
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