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2004年3月14日 |
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「弱さを認め立ち向かう」 |
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第Uコリント12章9〜10節 |
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@ 今朝は、「神の力は、弱さのうちに完全に現われる。」とはどういうことかを考え、神様の御心を 学んで行きたいと思います。 A さて、私たちは五月のゴスペルミッションに向け、全力を挙げてチラシやポスターなどを作製し ています。しかし、それらを作製し終えたら「それで良し」ではありません。一人一人が自ら伝道し て行くことが大切なのです。その時私たちが一番乗り越えなければならないものは、 “恐れ”です。と言うのは、福音を語った時の相手の迷惑そうな反応や、さめた反応を体験し続けて 行く中で、人に語ることが臆病になり、だんだんと福音を伝えないクリスチャンになっていくから ゆだ ていさい です。それでは福音を委ねられた者としての使命を全うできません。恐れ、不安、体裁などをかなぐ り捨て、なりふり構わず伝えていく心を持たねばなりません。 B では、その心とはどういうものでしょうか。恐れの心をなくすことでしょうか。 それは無理というものです。人間の心の中には誰にでも“恐れ”があるからです。しかし、だからと 言って、そのままにしておいていいという訳ではありません。パウロは、肉体に与えられた一つの とげを取っていただきたいと三度も神に願いました。そのとげが、自分にとっての弱さだとはっきり と認識していたからです。私たちも、まず自分の弱さをはっきりと、認識すべきです。多くの場合、 失敗を通して自分の弱さが何であるかを知ります。ですから、自分の間違いを指摘されたなら、無条 件に認め、悔い改めるべきです。そうした時、自分の失敗がどこから来ているのか分かり、自分の弱さ をキチット自覚することが出来るからです。すると次からは、同じ失敗はしたくないと願い、神様の 助けを求めて立ち向かおうとしていきます。その時神様の助けを経験し、「弱さのうちに、キリスト おお の力が覆ってくださる。」ことを味わい信仰は成長して行くのです。ところが、プライドや体裁を重ん じる人は、弱さを指摘されても、なかなか認めようとしません。『悪いと思っています。』という 中途半端でいい加減な認め方をするのです。そして、自分の弱さに逃げ込んでは同じ失敗を繰り返し てしまうのです。神により頼まず、戦おうとせず、どうにもならない所に追い込まれてから、神様の 助けを味わったとしても、その人の信仰は成長しません。ですから、自分の心の中にある“恐れ”を はっきりと認め、その恐れの中に逃げ込まず、立ち向かって行ったとき、信仰は成長して行くので す。神様はこの前向きな姿勢を待っておられるのです。 C パウロは、肉体の弱さを一生涯抱えていかねばなりませんでした。 ですから、その弱さに嘆いて、そこへ逃げ込んでいては何もできませんでした。私たちも、恐れと いう手当ての出来ない弱さがあったとしても、逃げて問題の解決になりません。砕かれた悔いた心で 弱さを認め、そこに神が働いてくださるという恵みを信じて向かっていくのです。世には、多くの罪 を自覚している人たちがたくさんいます。そうした彼らのところへ行く時、イエス様がくびきを 共に負って下さると信じて、恐れの心を委ね、ゴスペルミッションの働きに向かって行こうでは ありませんか。神の恵みは十分ありますから。 |
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