『愛を説くキリスト教が、
残虐な十字軍を組織して正しいと言えるのか?』
ー教会の罪 part1ー
歴史を振り返ると、キリスト教が行ってきた非常識な残虐行為、十字軍遠征、宗教裁判、
魔女狩りという冷酷な歴史が浮かび上がってきます。そこで、これらのおぞましい過去を
持つキリスト教でも、信じるに足るものかどうか考えてみたいと思います。
1215年に、インノケンティウス3世が十字軍の遠征を命令した時、それに参加した人や、
送り出した人は、神の救いにあずかるという暴挙を説きました。
そして、この十字軍の遠征を取り巻く欲望と大量虐殺がキリスト教信仰の大きな汚点となり
ました。確かに、キリストの名のもとで、救い主の名を振りかざして、赦されざる行為に
走った人々がいます。しかし、十字軍の遠征が間違いであったからといって、すぐさま
イエスの教えが間違っているということにはなりません。
なぜなら、十字軍の遠征の過ちは、「あなたの敵を愛しなさい。」というイエスの教えから
大きく外れた人々が引き起こしたものだからです。それが、いかなる正義感に基づく行為で
あっても、偽善や残虐行為に対し、誰よりも悲しんでいるのは、イエス自身です。
ですから、キリスト教の批評家が十字軍を偽善・暴力と非難するならば、イエスと同じ
立場に立って非難しているのであり、その批評家たち自身がイエスの教えに同意している
ことにもなります。ですから、イエスの教えが間違いということにはならず、
又聖書が間違いであるとは言えないのです。ということは、イエスの教えから離れた
人々による残虐行為は、イエスの教えとは切り離されたもので、イエス・キリストによる
教えと救いは、何ら揺らぐことはないのです。
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第一回十字軍遠征(ウィキメディア・コモンズ)
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