「霊の思いを膨らませて」
ローマ1~8章
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① 今朝は、ロマ書1章から8章までをひもといてみたいと思います。そして、御霊が私たちの霊に
触れてくださり、生きる霊となったものを、御霊によってドンドン膨らまされていくことが、
クリスチャンの生き方であることを、学んで行きたいと思います。
② さて、信仰とは、頭だけの世界ではなく、実(じつ)が伴ったものです。すなわち、心から出て
くる信仰の行動があって初めて信者と言えるからです。言い換えるなら、御霊と私たちの霊が住ん
でいる、心の奥底の本心に従って生きているか、どうかということです。「神の御霊に導かれて
いる者は神の子であり、また、キリストと苦難を共にしているなら、 キリストとの共同相続人で
す。」しかし、苦難を共にしていないなら、神に従っていないことになり、本心を偽った行動を
取っており、信者とはいえないのです。ですから、実のある生き方とは、御霊に従って歩むことで
あり、それがクリスチャンの本分なのです。その本心を貫いて生きて行くことを勧めているのが、
ローマ書です。
③ では、ロマ書全体から見てみましょう。パウロは、「私は福音を恥とは思いません。
福音は信じる全ての人にとって、救いを得させる神の力です。」と宣言しています。この言葉から
分かることは、福音とは神の力であり、実が伴うものです。また、福音には神の義が啓示されて
はば
います。しかし同時に、真理を阻んでいる人々に対しては神の怒りが啓示されています。
すなわち、神はいないという異邦人にはさばきしかありません。ところが、そのように異邦人を
裁くユダヤ人も、同じだと言われています。ただ神を知っているということで救われるのではな
く、神を知っている者としての歩みがなければならないからです。神が見られるのは外見ではな
く、いつも実だからです。ですから、律法を与えられているとか、割礼を受けているとか、そういう
ユダヤ人の誇りは取り除かれました。ただ、人が義と認められるのは、律法の行いによるのでは
なく、信仰によるからです。それゆえに、私たちは神との平和を持ち、大いなる喜びがあるのです。
私たちは罪によって死んでいた者ですが、新しくリセットされたのです。だから、もはや罪に定め
られることはありません。これからは、もっぱら、御霊に仕えていく事を考えていけばいいので
す。これがわたしたちの霊の本心になったからです。
④ 私たちは、神に対しては、キリストによって義とされました。しかし、世に対しては、肉を
持っており、罪人です。しかし、肉に従って歩む責任を、負っていません。なぜなら、神に対し
て生きているからです。この真理の故に、パウロさんは勧めるのです。すなわち、「肉の声は
私たちの本心ではないのだから無視し、御霊によって生かされた霊に従がって、生きていけば
いいのですよ。」と。即ち、御霊は、心の奥底の私たちの霊に居られ、私たちは、傍らに居られる
御霊の声を聞いて、霊の思いをドンドン膨らませていけばいいのです。そして、肉の思いをドン
ドン心から追いやっていけばいいのです。それがクリスチャンの行き方です。
このことが、ローマ書の1章から8章までのメッセージであり、その具体的な歩みが12章からの
勧めになっているのです。
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