せつり
@ 今朝は、“摂理”について学びたい。そして、神の摂理の中にある私たちの生き方について
考えたいと思います。
A さて、「摂理」の意味は、「神が人の利益を考えて、世の事全てを導き、治めてくださる事」と
辞書にあります。神は、世のこと全てを導き治めておられます。 その神が、信じている者だけで
なく、その周りの者にも働いて助けて下さる事を摂理というのです。 例えば、この教会堂建設の
ときにも、神は私をいろいろな所へ導かれ、未信者である建設会社や銀行の支店長の心さえも
動かされ、心を開かれました。そして、資金の裏付けのない私たちを積極的に助けてくださり、
会堂が建てられていったという事を経験しました。使徒行伝を見ていく時にも、神の摂理の中に
導かれていることが良く分かります。この10章に記されているコルネリオの回心も、世の全て
を導いておられる神の摂理によって、異邦人伝道の門戸が開かれて行ったものであることが分
かります。
B では、異邦人の救いのために、神の摂理がどのようにあったのかを見てみましょう。
まず神は、異邦人のコルネリオに、ヨッパにいるペテロを招くように語られました。
そんな折、神はペテロに夢を見せられ、律法では食することを禁じられている、あらゆる生き物
が入った入れ物を見せて、「ペテロ。さあ、ほふって食べなさい。」と語りかけられました。ペテロ
は言いました。「主よ。それはできません。私はまだ一度も、きよくない物や汚れた物を食べたこと
がありません。」と答えると、「神がきよめた物を、きよくないと言ってはならない。」と声がか
かり、こんなことが三回あって、その入れ物は天に引き上げられました。 ぺテロはこの幻を見て
思い巡らせていると、そこへ、コルネリオの使いが訪ねてきたのです。 彼は、「ためらわずに
行きなさい。」という御霊の声を聞いて、出かけて行きました。その結果、ペテロの語るみことば
を聞いた全ての人々に、聖霊が下ったのです。
こうして神は、いろんな人に働きかけながら、ペテロを通して異邦人伝道の門を開かれ、異邦人
に利益を考えてくださったのです。同じように神は、私たちの教会に対しても、神の摂理によって
今日まで導いて下さったのです。開拓伝道から始まって、「恵みの真理」の学びに導かれ、
次に「聖霊の働き」に目が開かれ、同時にさまざまな本を通して飢え渇いた魂に光を与えてくだ
さいました。そして今は、聖書だけを読み、真理を汲み取っていくようにと導かれてきています。
一つ一つの学びの節目には、何の干渉もなく、それに没頭できるようにと環境を整えてください
ました。それは、直接神から来る力によって、神の前に用いられていく方向へと導かれていくため
に、これまでの取り扱いがあったのです。これこそ神の摂理であり、私たちはこの摂理の中に導か
れてきたのです。
C 私たちがここまで来れたのは、「本物を知りたい。」というあくなき追究心があったから
です。その動機は、「神のために用いられたい。神のために生きたい。」という魂の叫びでした。
この心の動機があったればこそ、神は摂理の中で導いて下さったのです。この神の摂理を感謝
しつつ、あくなき向上心をもって進んでいきましょう。
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