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          2006年1月8日


                     しめい                                      
       『使命を全うする為には』 

ルカ9章57節〜62節


                      
@ 年の教会の目標は、「それぞれが、自分の使命に目覚めて、その召しに堅く立つ」ことです。

そこで今朝は、
使命を全うするために必要な心構えについて学びたいと思います。


A さて、私たちの教会は、造り主との関係がはっきりとされてきた教会です。それによって、

造り主と私たちとのタテの関係が明確となって、そこに目が向けられるようになってきました。

その結果、私たちに命を下さった造り主に従って行くのは当たり前の事だと教えられ、また試され

てきました。それは、同じように、イエス様の時代にも周りに集まった人々が本気で従う心が

あるのかどうかを試されてきたからです。



B では、イエス様は、どのようにして試されたのでしょうか。

ある人は言いました。「私はあなたのおいでになる所なら、どこにでもついて行きます。」。それに

対して主は、「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子には枕する所もありませ

ん。」と。これは、積極的な心を邪険にし、へし折ったような言い方ですが、それでも本気で従う

心があるのか試されたのものです。

しかしそこで、その人が感情に立つ者ならば、「そんな風に言われるならば、もういいです。」

と反発して去って行ったでしょう。また別の人に対しては、「わたしについて来なさい。」と召され

ましたが、その人が、「まず行って、私の父を葬ることを許してください。」と言うと、主は 「死人

たちに彼らの中の死人たちを葬らせなさい。・・・」と、その心を試されました。また、「あなたに

従います。ただその前に、家の者にいとまごいに帰らせてください。」と言う者に対しては、「だれ

でも、手を鋤につけてから、うしろを見る者は、神の国にふさわしくありません。」といわれて、

本気で従う気があるのなら、自分の肉の情や、自分の都合を優先にさせてはいけないと、はっきり

と否定されたのです。このことは、冷たいことばだ、愛の無いことばだ、と思ってしまうかもしれ

ませんが、それは、本当に従って来る気があるのかどうかを試されているのです。
 肉の感情を

優先したら、主に従って行くことができないからです。それは、自分を大事にし、肉と霊の使い

分けをしていくゴチャゴチャした信仰になり、試練の時には身を引いてしまうからです。

キリストに従い、キリストのために生きるとは、自分を捨て、神を第一にして行く世界であり、なり

ふり構わず従っていく世界です。その中間はありません。イエスかノーか、自分の自由意志で

はっきりと表すべきです。


C 
私たちは、造り主によって造られた命であって、自分で造ったところは一つもありません。

ですから、自分思いどうりにならないのは当然であって、この方に従って行きたいと願うなら、

自分の感情や考えが合わなくても、造り主に合わせて行くべきです。
この心に立ったかどうかを、

主は試されるのです。そして、この心に立って初めて、自分に与えられた使命に忠実な心を持て

るのです。ですから、まず私たちは、造り主とのタテの関係を大事にし、へりくだって従って

行きましょう。
                                        

  
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